《第869話》『ファンタジーであるかのような話』
「別に止めに来た、というわけではない。ただ、ドカドカとやかましいから黙らせに来ただけだ」
幻影の妾――もとい、かつての狂鬼姫として再現された者はそう語る。いずれにせよ、ただ戦ってみたいという至極個人的すぎる理由ではないようだ。
もっとも、自分だからそれは分かっていたが。人間の街以外にも、あのままでは妖怪をも無意味にディアは傷つけてしまいかねなかったからな。
「それよりも、しばらく妾がハワイでバカンスを楽しんでいる間に、何やら妙なことになっているようだな?」
「正月の芸能人か。貴様ホント自由人だな」
「妾は貴様だからな。妾はちらりと目にしただけだが、何だ? あのスカスカなのか詰まっているのかわからない力の持ち方をしているヤツは」
「む、会ったのか?」
狂鬼姫の言っていることは、間違いなく名も無き悪魔のことだろう。その力の形質に合致するのは妾の知る限り一人しかいない。いや、数は増えるが。
「最も、二人いた内の片方だけだがな。顔は全く同じだったが」
「おそらく片方は分身体だな。奴らはまあ、いわゆる世界を滅ぼす者と言うヤツだ。魔界とやらからこちらの世界へと飛び込んで来たらしい」
「――おい、さっきのアレはもう終わった筈だろう」
「続きをやろうというのではない。実際に本人がそう述べたのだ」
「RPGのラスボスじゃあるまいし、現実にそんな事が起こるとは驚きだ」
狂鬼姫は引きつった笑いを見せるが、これが本当なのだから仕方ない。
どのようにしてそれを成そうというのか知る由もないが、それを大真面目に、それもかなりふざけているであろう理由で行おうというのだからまた面倒臭い。
「色々あるが、目下問題はそいつのことだ。本当に世界が滅んでしまったら、何を置いても何もできなくなってしまう」
「全く、面倒臭いことになっているな、本当に」
「世界が滅ぶことで、自分の大切なモノが消えてしまうことは避けたいからな。ヤツの退治は、どうしても避けることのできない――失礼、電話だ」
空間の狭間から、自分のスマートフォンを取り出す。ポケットに入れておくと、ふとした時に割ってしまいかねんからな。
そうして手に取ったスマフォ。画面には、「思誓 遊」と記されていた。




