《第八十六話》『どく』
「ひょっとして、このためにここへ来たいって言ったの?」
「さて、な。好きに想像するといい」
「全く、そのせいで妾が苦労することになってしまったというのに」
あくまで、幻影の呉葉は自分がここへ来た理由を話さないつもりらしい。だが、その満足げな表情からは、それが明らかである。
「まあでも、どうせ妾のことだからほったらかしであるとは思っていたがな!」
「その言い方はまるで妾がものぐさな性格であるみたいではないか!」
「全くその通りだったではないか!」
「まあまあ、済んだことだしいいじゃないか」
互いに後腐れなく。そんな関係が望ましいのは、言うまでもない。正直なところ、僕自身も零坐さんたちがどうなったかは気になっていた。それがうまく着地するところに降りることができて、一安心である。
「狂鬼姫様、お茶が入りました」
「うむ、ご苦労」
「それと、こちらはお客様の分でございます」
「え、僕?」
零坐さんは、そう言って湯呑をちゃぶ台へと置いた。結局のところ僕が呉葉を奪ったことには変わりないので、てっきり怨まれたままであると思っていたのだが――、
「こちら、どくだけ茶になります」
「なんか紫色!?」
「なお、現世から『退く』と言う意味も込められています。とっととお退きください」
――うん、やっぱりすごく怨まれてたよ。




