《第八十五話》『しもべでいるという事の終わり』
「――狂鬼姫様が、我々のことをどう言った存在であると認識しているかが、分かりました」
一通りしもべ達の名前を言い終えた呉葉に、零坐さんはそう述べた。
「我々は、名前を呼ばれたことはございませんでした。それはきっと、先祖も同じであったことでしょう。なぜなら、我々は狂鬼姫様の『一部』だったと考えていたからです」
「だろうな」
「己の臓器一つ一つを認識し、名前を呼びかける者はいません。それと同じで、我々はまさに狂鬼姫様の手足としての役割を果たしておりました」
だが、零坐さんのそんな思考に反し、呉葉はそれぞれの名前を誰も漏らすことなく知っていた。それはすなわち――、
「しかし、狂鬼姫様は今、我々一人一人を認識されました。それは我々が狂鬼姫様の一部ではなく、『一個人』として存在を覚えられているという証拠であるのです」
「ああ、その通りだ」
「――我々は、狂鬼姫様の一部でいるにはやはり不足していたのでありましょうか?」
「いいや、そんなことはない。お前たちは今まで、充分に『しもべ』として役割を離してくれていた。感謝こそすれ、その働きに唾を吐くことなどできるわけが無かろう」
穏やかな表情の呉葉のその言葉を聞き、零坐さんは「そうですか」と短く応えた。皺の多い顔に、痛みを我慢するかのような面持ちで。
「――では、我々が一人一人として完全に成る前に、ひとつ、最初で最後の我儘を言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいだろう。許す」
「ありがとうございます、狂鬼姫様」
零坐さんは軽く頭を下げ、まっすぐに呉葉を見つめた。
「せめて明日の朝まで、我々を狂鬼姫様の一部でいさせては頂けませんか?」




