《第851話》『掘削』
「ん、んんん、ん、ん――」
目を覚ました夜貴は、名も無き悪魔のことをすっかり忘れていた。色々な要素を述べてみるが、一切その記憶が抜け落ちている。
なお、他の記憶のことに関しては、はっきりくっきり覚えているようだ。昨日の晩飯から結婚記念日まで、しっかり覚えている。
「まあ、夜貴は奴とは直接対面していないからな。忘れることも無くもないだろう」
「馬鹿?」
「妾を指さして何故言った!」
「まあまあ、二人共。えっと、普通忘れるような状況じゃない、というのは分かるよ」
実際、平和維持継続室全体で動いて当たっていた事態だ。それが、そこだけぽっかり抜けてしまうとは。確かに、奇妙ではあるが。
「ともかく今は、夜貴が目を覚ましてくれただけで充分だ。何が起こったかは、幾分か落ち着いて考えられるようになった」
「また起こる。かもしれない」
「――そう、だな。三度目があってほしくはない、が、楽観視できるような事態でもなかった。夜貴自身は、何か心当たりはないのか?」
「そうは言われても――」
夜貴は思い出そうと試みているようだが、やはりと言うべきか、それが出てくる様子は無い。
「――なんて、言うかな。普通の頭痛とは、ちょっと違う感じなんだよ」
「あれが平常なら、一日に何人も倒れている奴を見かけそうだ。どのように違うのだ?」
「こう、削られる、感じ――?」
「どんなふうに?」
「それをうまく表現するのが難しくて、どう言ったものかと悩んでるところ」
少しでも原因を探る手掛かりがあれば、と思い痛みの様子も含め逐一考察する。
しかし、件の悪魔のことだけ忘れている、か。――頭痛が初めて起こったのも、あの悪魔が現れるようになってからだ。
よもや、ヤツが何かをしているのか? しかし、直接対面している、と言う事は無い筈だ。
「例えるなら――そうだね、脳にドリルを突き立てられて掘削させられている、ような……」
「――気を失うのも頷けるな、それは」




