《第849話》『一つだけ残る悪魔』
「ディアが行った場所、というのはこのビルだったな。確かに、名も無き悪魔の所在も確かにここを示してくれてるが」
たどり着いたのは、人気のない場所に立つ寂れたビル。コンクリートの壁は薄汚れ、使われている形跡のない忘れられたオブジェ。
入口のガラス戸は粉砕され、それがさらに荒れた印象を強くしていた。退廃的雰囲気と言うのは嫌いではないが、この状況におけるそれは不安を煽られている以外の何ものでもない。
だが、その入り口からビルの中を見る限り、他の異常は見当たらない。件の悪魔と戦っているならば、もっと悲惨な荒れ方をしてもおかしくはないものだが。
「遊、お前はどう思――いや、今はあっちに預けてるんだったな」
多少持ち直したとはいえ、重症を負った後であるため本調子でない遊は、後輩の嫁のところへと預けていた。本人は俺と共に来たがったが、本調子でない中連れて、危険な目に合わせるわけにはいかない。
「悪魔の反応があるのは、この建物の座標だけ、か」
聞けば、あの後も悪魔は増殖しているらしい。そんな中、ここにいる一体だけがここに止まり続けている。それもまた、奇妙な話だった。
普通で考えれば、わざわざ探知が可能な――しかも、この周辺のみにしか効果のないそれを向こうが察せるのに、再び襲撃に合うリスクを何故か侵している。
先のように誘われていると言えば分からなくもないが――それにしたって、同じ手に出るとはあまりに芸がないし、一度手を付けた手段が通じると考えてくれる程、向こうもお気楽ではない筈だ。
何故ならヤツは、戦闘狂などと言う分かりやすい存在ではないからだ。
「――やっぱ、入る他ねぇよな」
正直、君が悪過ぎてこのビルには入りたくない。あからさまに向こうが罠を張って居ることが見え見えなのである。
だが、ディアがここへ向かい、そして消息を絶っている。ならば、この先に進むほかに選択肢はない。
「俺達が他に救援を呼ぶ当てがない。そこまで見通してるんだったら、大したものだがな」




