《第842話》『バッテリー切れ注意報』
『大変! 大変なんです、今! とにかく大変で!』
「分かった、分かったから落ち着け!」
妾にかかって来た電話。それは珍しいことに、百々百々からのものだった。電話の主は、焦りのためか「大変、大変」と繰り返すばかりで、肝心の中身を話さない。
「いいか、一度落ち着いて深呼吸だ! 息を吸って!」
『は、ははは、はい。すぅー……』
「吐いて!」
『はぁー……』
「――何があったのか、ゆっくり、一言ずつで構わないから正確に話すのだ」
『は、い。え、ええっと、ですね。樹那佐君が《ピー。バッテリー残量がありません。バッテリー残量がありません》』
「――あ?」
『ぷつん』
バッテリー切れを宣告するアナウンスと共に、通話が切れてしまう。こちらのスマフォのバッテリーはまだ大分残っている。おそらく、向こう側の問題であるに違いない。
「あのドジ――! 結局何が大変なのか分からないではないか!」
「お、狂鬼姫が苛立った顔しておるのう! 愉快愉快!」
「黙れ」
「ほぶぉおっ!?」
腕だけを空間の穴に通して駄狐の頭を殴って黙らせ、妾はもう一度空間の穴を開く。行先はいつもの事務所だ。
百々百々は、「樹那佐君が」と言った。そこへきて「大変」となれば、もうそれだけで行く理由は満たしている。
それにあの取り乱しよう――ちょっとやそっとの事態ではないと推察できる。となれば、一にも二にも置いて、まず駆け付けねばならんだろう。
いったい、夜貴の身に何が起こったのか。考え得る可能性としては、よく原因の分からない頭痛か、はたまた件の悪魔か、だが。
そのような推測を巡らせつつ、空間の穴を妾はくぐる。数秒立たず目的地へと到着できる、妾の便利技だ。
「出たな、鬼神・狂鬼姫ッ!」
――しかし、その先で待ち受けていた光景は。予想していたモノとはまるで異なる状況だった。




