《第836話》『悪魔の愉しみ』
「何なのじゃ、こいつは――!」
身体が斬られたにもかかわらず、目を見開いて笑う名も無き悪魔に、九尾の狐も流石にゲンナリした声を出す。
「吾という滅びの意思より、逃れようと足掻く世界! しかしそこに一つ一つの強靭な意思! それはまるで天空に瞬く星々のよう! これを、美しいと言わずして何と言う?」
「ワケの分からんことを! 狂鬼姫、この一人調子に乗っている女は、妖力を直接叩きつけない攻撃なら普通に通用しそうじゃぞ! 単純な斬撃は効いた!」
「駄狐のクセに、しっかりとそこは見抜くんじゃな!」
「いちいちうるさい!」
九尾の狐は宝剣を、妾は空間転移から接近して拳を振りかざし、奇術師に襲い掛かる。
「クッ、ククッ――!」
だが案の定、悪魔は空間転移で逃げおおせようと画策する。しかし、そんなモノは狐共々分かっていることだ。
だから妾は、ヤツが足元に作りだしたその穴に干渉した。
「空間に穴を開ける。この行為において最も力を使うのは、その穴の維持だ。広がった穴は己から広がろうとしてしまうがゆえに、それを押さえつけねばならない」
ヤツは自分の望まない形での世界の滅びは避けたいのだろう。それが、空間転移を使いつつきっちりその穴をふさいでいく理由だと推測できる。
だから、穴を安定させようとするその力にちゃちゃを入れてやることで、一転してコントロールは困難になってしまう。まあ、この場合ただ押さえつけているだけなのだが。
「獲った――ッ!」
九尾の狐の宝剣が。妾の拳が、名も無き悪魔に襲い掛かる。
妾達の攻撃は、そのままヤツを物理的に破壊。この世から抹消させる――、
その、ハズだった。
「ちょっちアンタ一人遊びすぎぃ~!」
「「っ!?」」
頭上より、何かが降り注いでくる。それを事前に察知した妾達は、もう一歩で獲れると確信したその機会を捨て、後方へと跳んだ。
――妾達の居た座標を、上方からミサイルのように飛んできた極太の針が貫いた。
「ハッハッハ、あまりに世界が美しく、見惚れていたのだ」
「それもいいけどぉ、それで目的前に死んだら元も子も無くなくなぁい?」
奇術師の隣に、一人の人影が着地する。
それは、デニムパンツに黒いTシャツ姿の軽装女だった。
髪を短くしているが――その貌は、細身の体は。まごうことなく名も無き悪魔だった。




