《第八十二話》『呉葉の大事にしている心』
「それは――どういう意味で仰っているのでしょうか?」
零坐さんが、怒気を孕んだ声色で、しかし丁寧な口調のままで問いかけてくる。しかし、僕はそれに怯むつもりはない。
「確かに、昔ならあっちやこっちでたくさん争いもあったかもしれない。でも、今の時代ではそんなことは起こらないんだよ」
「――それは、あなたのいる何とか言う組織があるから、とでも言うつもりですか?」
初老ではあるが、体格も僕よりはずっといいために、威圧感もすごい。狂鬼姫のしもべであった彼は、その方面での能力もきっと高いに違いない。
「それは大きな間違いです。たかだか人間が、驕らないでいただきたい。むしろ、あのようなモノがあるから余計な争いが起こるのです。狂鬼姫様の存在に任せておればよいものを、聞きましたよ? 古来より存在する我らの鬼神を邪魔扱いし、追いだそうとしていたのを」
「――ねぇ、零坐さん」
「なんですか? 狂鬼姫様へのこれ以上の侮辱は、あなたが狂鬼姫様にとっての何であろうと、容赦は出来ませんよ?」
「そうやって息巻くことそのものが、狂鬼姫であった呉葉の意志そのモノに背くことであることを、気付いていますか?」
「――はい?」
「そうやって相手を何もとりあえず敵視して否定して、互いに新しい者、古き者を必要ないと言う。それは立派に争いの火種だよ? どうしてそれが分からないんですか!」
「――っ」
「呉葉は、別に心変わりしたわけでも何でもないし、誰かの元に下ったわけでもないんです。確かに自分の立ち位置に対して見方は変わっただろうし、一見何もかも忘れて遊んでるかもしれないけど、」
僕は呉葉を想いながら、零坐さんを見る。彼だって、呉葉のことを想ってる。けど、だからこそ。その真意を考えるのをやめてはいけない。
「呉葉は、使命とかそんなんじゃなく、一個人として皆のことを大切に思って、今を生きている。僕は、きっとそうなんじゃないかって――思ってます」




