《第827話》『空間転移』
「――何者じゃ貴様」
「それは吾にも分からん」
そう言って、わざとらしく肩をすくめる銀髪の女。気が緩み過ぎて、これほど近づかれるまで気がつかなかったのは内緒だ。
随分と、独特な気配をしている。妖気か、あるいは霊気か。どちらを内包しているのか曖昧ではっきりとしない。
いや、あるいは双方か。あり得ないと断ずる程ではないが――しかし、それがあり得るにしてもかなり独特な状況になる。
「どこから入った? 余のしもべはどうした」
「そう質問責めしてくれるな。吾が汝の質問に同時に答えたからとて、同時に聞き取れるのは一つだろうに」
「どこの賊かはしらんがのう、大妖怪にして九尾の狐一派を纏める余を見くびってくれるな。例え20、30同時に話しかけられたとて、一つとして漏らさず聞き取ってみせよう」
自らの縄張り内に感知を巡らせる。皆が騒いでいる様子は無く、そして誰一人として異常な状態にあるわけでもない。全員が全員、奇妙なまでに普段通りだ。――先ほど部屋に居た奴は畑仕事に戻っていたか。
まるで、この部屋の中だけが――いや、余だけが、目の前の女を認識できているかのような。突然現れたそれは、あまりにも異質だ。
「しかし、このような場所にもこの世界の住民がいるとは思っていなかった。やはり、この世界はまだまだ広い。少し力を試していた最中に迷い込んだ次第だが、これは思わぬ広いモノをした」
「――大体わかった。あいつと似た能力を持つ、ということじゃな」
「あいつ?」
「何、丁度余の知り合いに間の空間をすっ飛ばして移動する卑怯者がおってのう。その移動能力、まるでそいつのようじゃ」
こうして炬燵で未だにぬくぬくし続けているが、余は警戒を解かない。目的から正体から、何から何まで不明なことは勿論、それ以上に余の直感が告げているのだ。
こいつはヤバい、と。




