《第817話》『瞬く速度』
両手をいっぱいに拡げて、届くか届かない程度の狭い路地の奥から歩いてきたのは、一人の銀髪の女。長身で、何故か真っ黒なマントを羽織っている。
俺が見た時は、奇術師の衣装で去っていったわけだが――、
「アンタ一人かい? どうやったか知らないけど、もう一人いることは分かって――ッ!?」
ディアが言葉を言い切る前に、名も無き悪魔は一気に距離を詰めてくる。
その速度は狭い通路だというのにまさしく俊敏で、そして暴力的。
「ちっ――!」
俺は遊を守るようにして前に立ち、早撃ちで対応。ディアより素早く武器を抜き、悪魔の脳天めがけて一発。
「っ、早い――!」
だが対コイツ用の弾丸は遥か彼方へ。名も無き悪魔は早さそのままに壁を駆け上がり、俺の射撃を回避してしまったのだ。
一度上がってから、高高度よりミサイルのように悪魔は再び突っ込んでくる。
「会話くらいしてくれてもいいじゃないか、つれないね!」
そこを、ディアが俺より前へ出て刀を抜き放って斬りかかる。
――しかし、名も無き悪魔は空中であるというのに、糸に吊られたかのように一回転。シャトルループのように舞い上がったかと思うと着地し、ディアへと何かを伸ばす。
「しま――っ、くあっ!」
刀の側面で直撃は避けられたようだが、その衝撃で数m吹き飛ばされてしまう。何が飛び出たかと思うと、それは真っ黒な触手だった。マントの隙間から飛び出したそれは、役目を終えるとすぐに隠れてしまう。
――名も無き悪魔が、その視線を遊へとむける。マズイ……ッ!
俺は引き金を引き、悪魔へと射撃。0.1秒間に3発。頭、胸、腹を狙ったそれは、人間どころか妖怪でさえ避けることは不可能である。
――しかし、
「っ、冗談だろ――!」
遊に手出しさせずには済んだが、壁を伝って一瞬で上へと上がった悪魔は、全ての弾丸を回避してしまっていた。




