《第811話》『狼山の仕事中』
「お得意の奇術はもう使えねぇぞ。往生するんだな」
「な、なぜだ、なぜ仕掛けが起動しない!?」
タキシードを着た俺の暗殺ターゲットは、手元のステッキをごちゃごちゃ弄るが、何も起こらない。
それは当然だった。俺の傍らに佇んでいるだけに見える遊が、得意の糸でそれら全てを封じているのだから。
――壇上で繰り広げられる、たった三人のショーは今終わりを告げようとしている。
「人身売買からウイルステロを引き起こそうと企んだあんたの悪巧みはオシマイだ。最期の時くらいは静かに受け入れたらどうだ」
「か、金ならくれてやる! 命だけは!」
「反省は期待出来ねえみたいだな。金を命と釣り合わせられると思うなよ?」
「ひっ」
俺は拳銃でターゲットの眉間に照準を合わせる。
悪魔とやらを探すのと同時に、いつもの仕事も片付けなきゃならないとは、とんだ多重労働だとため息をつきたかった。こいつを始末したら、調査に出向かなければならないのだ。
そのようなにため息をつきたい、そんな時だった。
「よい服を着ているな。吾によく見せてくれ」
「な――っ!?」
突然目の前に、長い銀髪で長身の女が、全裸で降り立った。俺は突然の事態に動揺する。
女は、俺が銃を構えているのもお構いなしに、奇術師へと歩き寄る。
「ふむ、この服はこうなっているのか」
「な、何だお前は――?」
「気にするな、ただの通りすがりだ」
「っ!」
自称ただの通りすがりが暫く佇んでいると、その全身に変化生じ始める。
――そして、次の瞬間には。女はタキシードとシルクハットを身に纏っていた。
「それでは失礼。邪魔をした」
跳躍して消える女。その場の誰もが、呆然と固まっていた。




