《第八十話》『過去への心。鬼神という絶対存在』
「狂鬼姫様、我らの一族には、『鬼神・狂鬼姫』についてこう伝わっております」
零坐さんは、先ほどよりもさらに神妙な面持ちで、二人の呉葉を見つめている。それはまるで、切腹を覚悟した武士のようでもあり――。
「『我らが鬼神、狂鬼姫様は、その強大な力・存在を、世の平定のために使ってくださると約束してくださいました。故に、我々は狂鬼姫様がその勤めを見続けていられるよう――』」
「待て待て。なにゆえ一族に伝わってきた言葉なのに現代語なんだ」
「――昔過ぎて、その時代の言葉をほとんど忘れたと仰ったのは狂鬼姫様でしょう」
「確かに、妾もわからん」
「呉葉――」
「や、やめろ! その残念な鬼を見るような目を!」
「オホン。ともかく、我ら一族、そして仕え続けている者達は、狂鬼姫様のそのお心に感銘を受けて、今まで尽くしていたわけでございます」
そう語る零坐さんは、ちょっとやそっとでは揺さぶられる雰囲気を見せない。先ほどまでは、ちょっとしたことでヒステリックに反応していたというのに。
「ですが、今の狂鬼姫様はその当時のことを全く忘却してしまったかのごとく、一人の人間に執心されているように思えます。それは、本来の意志ではないのではないのでしょうか」
「それは、お前や他の者達の生活が苦しいからとか、そういう――」
「いえ。わたくしは、恐れながら狂鬼姫様へご忠告させていただいているのです。我らは、狂鬼姫様を信奉している身。よって、例え狂鬼姫様のためにこの身が砕け散ろうとも後悔は一切ありません」
「――そう、か」
「ですので狂鬼姫様、早く、なにとぞ早く、本来のあなたの使命にお戻りください。それがあなたの意志であり、鬼神・狂鬼姫なのです」
「…………」
呉葉は黙りこくった。幻影の呉葉は、そんな現在の呉葉を横目でじっと見つめている。
鬼神が何も返せなくなるほど、零坐さんの気迫は、静かに、しかし確固たる意志だった。
「――そう、だな」
とは、幻影の呉葉。彼女は、現在の呉葉を見据えて言葉を続ける。
「よし、貴様は本来の昔から続けてきた役目に戻れ」




