《第807話》『虹色の世界』
藪から棒な銀髪女の誘いに、妾は眉間をしかめた。
「貴様、一体何を企んでいる?」
「吾は吾の所望することを企んでいる」
無論、例えどんな誘いであっても乗るわけがないのだが。しかしそれにしてもこいつ、まるで正体がつかめない。
人間ではないのは確かだが、妖気は感じないし、亡霊の類でもないのである。こんな手合いは初めてだ。
――銀髪女は、妾の足元から気持ち悪い蛇のような動きで距離を取ってくる。
「吾はここよりもつまらぬ世界に生まれ落ち、そこに価値は無いと見限った者。対して、この世界には多くの未知がある」
「つまらぬ世界――? よもや貴様、魔界よりこちらへ流れてきたという悪魔か」
ただの勘――ではあったのだが、立ち上がって肩をすくめるその姿を見て確信する。
「かの世界はつまらなかった。強大な力を持ちつつも、それを押さえつけるようにして行使せず、美しさとしてのバランスを絶妙に欠いた、退屈な世界。それと比較してこの世界はどうだろう?」
銀髪女は上機嫌な様子を隠しもせずに、喜色満面に両手を広げる。
「まさしく虹色の世界。力そのものは吾の生まれし世界に劣るかもしれぬ。しかし、全ての存在が矛盾と抗いつつも、己が力を知らしめるべく生きている。そして、それらは互いに絶妙に噛み合い、一つの調和を成しているのだ」
故に、と――銀髪の女、もとい悪魔はにやァと歯を剥きだしにする。
「故に、吾と共にその調和にグランドフィナーレをもたらさぬか?」
「――何?」
「保たれていた均衡が決壊し、全てが跡形も無く消滅する――これほど美しい一瞬は存在しない」
「ふざけてくれるな、この妾がそんなモノに賛同するとでも思っているのか」
当たり前のことを述べると、しかし悪魔はきょとんとした表情をした。意外な返答を聞いた、とでも言うように。
「ふむ、拒否されるとは妙な。汝からは、吾と同じ香りがするのだが」




