《第804話》『好奇心』
「なるほど、美しい調和の世界に、異物たる吾が触ればそれは歪みとなるか」
名無しの悪魔は、白く小さな女の忠告を頭の中で反芻しつつ、建物から建物へと跳躍する。
今しばらくはこの美麗たる世界を眺めていたいと、名無しの悪魔はそう思っていた故の独り言だった。終わりというものは、光景に安息を覚えたころに美しさをもたらすスパイスであると考えているからだ。
「ふっっっっっっっっざけんなァあああああああああああああああッッ!!!」
「!?」
名無しの悪魔は驚愕する。目の前の空間が裂け、先ほどの白い女が現れたのだ。
「ふッ!」
「ぎっ」
そして、脳天に強い衝撃。飛び移る最中だった名無しの悪魔は、下方の地面へとしたたかに叩きつけられる。
明日割るとの地面が抉れ、細身の身体が瓦礫に埋没する。
「貴様がどこから来た妖怪かは知らんが、ヒトの車を凹ましておいてなんだその態度はァ!」
「ぐ、ふ、ぐ――っ、」
白い女が地面に着地する音を、抉れたアスファルトの中で悪魔は聞き取る。
名無しの悪魔は驚いていた。半ば不意打ちとは言え、一瞬で現れこれほどの一撃を叩きこんでくる存在がいるとは。
「かれこれ何度も何度もボロボロにされ、挙句廃車にした方がいいと言われても謎の技術で修復しようやく戻って来た妾の車を、またもや傷物にしてくれるとは何事か! 這い上がってこい! 這い上がって、地面に頭こすりつけて謝罪しろ!」
「…………」
そして、驚くのと同時に。名無しの悪魔は愉快な気持ちにもなっていた。
「……――ぬか?」
「あ?」
「吾と、少しだけ遊ばぬか?」
「――っ!」
俊敏な動作で、白い女に迫る名無しの悪魔。
この世界は面白い。美しさだけでなく、その住民でさえも、一部魔界の塵芥共を凌ぐ力を持つ者がいる。
気まぐれに。名無しの悪魔はそれがどれほどかを知りたくなった。




