《第七十八話》『50万』
「び、媚薬ぅ――!?」
「ククク、分かりやすく言えば精力増強剤。性的興奮を高める薬だな」
「詳しく言わんでもええわい! 折角隠しておいたのに!」
ビンの中に入れられている、薄桃色の液体。それは電灯の光に照らされ、妖しく光り輝いていた。
「そ、そもそも、夜貴が悪いのだぞ!」
「ええっ、僕!?」
「いつもいつも! 誘惑しているのに鼻血噴くだけで引っくり返ってるんだ! いつになったらお前は慣れるというのだ!?」
「おお、夫婦喧嘩か?」
「人間! 狂鬼姫様の要望に応えないなど言語どうだ――ぶぐっ!?」
「貴様は黙ってろ今いいところだ! 夫婦喧嘩は犬も食わんと言うが、鬼の妾はおいしく食うぞ!」
幻影の呉葉が何か言っているが、今は現在の呉葉をなだめなければならない。――でも、どことなく緩い雰囲気を感じるのは僕だけだろうか?
「いつもはなんだかんだで誤魔化してきたが、今日という今日は言わせてもらうぞ! ローンなどの経済事情があるから子供とは言わんが、生物的欲求の一つくらい、妾に満たさせてくれ! すぐにのぼせあがりおって、根性というかなんというか、色々足りなさすぎだろう!?」
「い、いや、言いたいことは、その――すごくよく分かるよ? で、でもさ……、」
「お前が妾を大事にしてくれているというのは痛いほど分かっている! だが、大事にしているというのならば、そっちの方向でもちゃんと向き合ってくれ! 深く、もっと深く愛し合いたいのだ!」
「呉葉――」
なだめよう、と思っていたが、流石の僕も、彼女がここまで必死なのを見れば、「そう言うこと」を愛情の果てに求めているというのが痛いほどわかる。
――いい加減、覚悟を決めなければならないのかもしれない。
「わ、分かった――うん、えっと……実際のところ、きょ、興味がないわけでも、ない、し――その、えっと……」
「えっと?」
「うん、努力する、よ、今度こそ――今度、二人っきりの夜に……」
「ん~~~~~! よくぞ言った! それでこそ妾が夫に選んだ男だ!」
そう言って、呉葉は嬉しそうに僕に抱きついてくる。――う、ううん、予想より遥かにあっさりまとまって……、
「なんだなんだ、もう終わりかつまらんな」
「ヒトの恋愛事情を酒の肴にするんじゃないこの鬼め」
「それは貴様もだろう。――あー、えっと、それとその媚薬なんだがな?」
「なんだ?」
「それは興奮剤なのだから、使ったら余計に鼻血を噴くのではないか?」
「あっ」
「…………」
少し間を置いて。現在の呉葉は、畳の上に両手を添えてうなだれてしまった。




