《第777話》『三億円事件』
「狂鬼姫ィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」
早朝に響く大声。時刻は午前五時。季節柄、まだ暗い時間帯に発せられたそれで、妾はたたき起こされた。
「まったく、こんな朝っぱらから何の用事だ馬鹿狐――っ! というかいつ入り込んだ」
「貴様のせいじゃろ! 貴様のせいじゃろ!」
ちなみに、ここは勿論我が家の寝室。どこからともなく入り込んで来た狐が、相も変わらず派手派手しい時代錯誤な十二単で枕元に立っている。こんな目に痛い幽霊もそうはいるまい。
ちなみに夜貴は、今日は帰ってこられないとのこと。夜貴を起こすような事態になっていたら、二言目をこの狐は口にできていないだろう。
「何のことかを問う前に言っておくが、妾は何もしてはおらんぞ」
「嘘じゃ! 貴様以外に犯人が考えつかぬ!」
こいつの事だ。とりあえず妾のせいにしたいだけ、ということもある。一先ず、聞いてみないことには分からんか。
「で、何を妾がやったと言うのだ」
「己でやっておいてしらばっくれるかえ!?」
「だからやっておらんと。それを確認するためにもだな。ふわぁ――」
「余のへそくりが消えた!」
「へそくり?」
「3000貫程!」
「分かりにくいわ! ええと、現代価値にして――まあ、およそ3億円か」
「ある日突然消えたのじゃ! そんな芸当が出来る者、貴様しかおらんじゃろう!? さあ、早く返すのじゃ!」
そう駄狐は言い迫ってくるが、いくら妾とて、そして相手が鳴狐とて、泥棒などするわけがない。と言うか、群れの主が直々に獲り返しに来るのか。妾が相手と思っているならそりゃそうか。
「さっき言ったことと同じことを繰り返すが、妾はとってないぞ」
「なら他に誰が出来るというんじゃ! どこからともなく突然現れ消えるでもない限り無理なハズじゃ! 貴様の十八番のように!」
「妾が知るか! と言うか3億円でこんな時間に来るな! 貴様ならばそんな必死になる金額じゃないだろう!」
妾も、狂鬼姫として君臨していたころはそうだった。大金ではあるが、感覚としては転んで擦りむいた程度の痛手にしか感じない程度の金額だ。
「だ、だって、じゃな――」
「あん――?」
「あれ、余のぜんざいさん――」
涙目になる駄狐。
――気がつかぬ間に、狐の一派も落ちぶれていたようだ。ちょっとだけ、妾は憐れみを感じた。




