《第776話》『大きな大きな海の哺乳類』
「??? なんだか、不思議なカンジの――魚? お肉……?」
食卓の小皿に盛りつけられた、一見肉のようにもみえて、しかしどこか魚らしさもあるそれ。何とも曖昧な見た目をしたそれは、醤油由来の味付けでおいしそうな香りを放っている。
「これは鯨の大和煮だ」
「えっ、鯨!?」
「む、夜貴は鯨を食べるのは初めてか?」
「は、初めて、というか――だ、大丈夫なの? とっちゃっても」
鯨が昔、食べることが出来たことは流石に知っている。しかし、捕鯨は現在、禁止だったはずだ。
「また密漁?」
「またとは何だ!? というか、松葉蟹は別に密漁じゃなかっただろう! ちょっとお高かったが、合法鯨だぞ。何だ、合法鯨って。脱法ハーブの旧名じゃあるまいに」
呉葉は心外な、と言った様子で一人ツッコミしている。
「確かに鯨漁は違法だが、調査捕鯨と言うモノが現在ある。読んで字の通り、科学データ採取のために鯨を捕まえているのだな」
「でも、鯨って絶滅危惧種じゃ――」
「鯨と一口に言っても、種類は八十程もいる。その中には、まだまだ数が豊富な種類もいて、主に獲っているのはその辺りだ。勿論、種の存続に影響が出ないよう計算もされている」
何で妙にうちのお嫁さんは捕鯨に詳しいんだろう。ちょっぴり、謎だ。
「鯨はまぐろと同じく、捨てるところはほとんど無い。食用だけでなく、江戸時代のころは鯨油が灯火用燃料だったし、徐虫材にもなる。骨やヒゲは工芸品に。腸内結石すら、香料になるのだ」
「そ、そこまで行くとすごいね――本当に全部使えるんだ……」
「勿論、乱獲はいかんと思うがな。しかし、大きい分大人数の食料が賄えるし、同じくいろんな品になる。利用そのモノは、多くの国で支持されているくらいだ。高たんぱく、低脂肪、低カロリー。その質から考えても、全ての種が絶滅に瀕さない限り、お勧めしたい食材だ」
てっきり、世界の意見に抗って捕鯨されているものだと思ってた。多分、それだけ反対派の声が大きく響いているのだろう。
「まあ、そう言うわけだ。安心して食べていいぞ」
そう言われて、僕は呉葉作・鯨の大和煮をつまんでみた。
濃厚な味がして、とてもおいしかった。




