《第775話》『実はその歴史は。長い』
「む、歯ブラシを切らしてしまっていたか。買いに行かねば」
妾は洗面台下の棚を漁り、それが無いことに気がつく。使っていた歯ブラシの毛先が広がってしまったいたため、交換を行いたかったのだが。
「しかし、どう言うモノを買うべきか。最近の歯ブラシは、色々種類があるからな」
昔は、楊枝を使って歯を磨いていたものだ。爪楊枝ではなく、房楊枝。端を噛み砕いてブラシにし、歯の掃除を行うのだ。しかし当たり前ながら、今の道具の方がよっぽど性能が良いため、今更戻る気も無い。
「ふーむ、やはりこういう時はネットで――」
タブレットを使って、軽く調べてみる。こう言う時も、現代社会の文明と言うのは、便利でありがたい。どこに居ても、いろんな声を聞くことが出来る。
「何? 歯医者が選ぶのは子供用歯ブラシ?」
何でも、小型で小回りが利きやすく、硬さも丁度良し。断面は平らで、磨くのにかなり適しているのだと言う事。
とりあえず、最初に出てきた情報。なるほど確かに、理由説明を読む限り、理にはかなった考え方だ。そう思い、妾は調べるのを終え、早速買い物リストにそれを加えようと考える、が――、
「――子供用? 子供用。……子供用?」
妾は、自分の身体を見下ろした。
「――本当に購入したら、敗者になってしまう気がする。歯医者なだけに」
部屋の中なのに、冷たい風が一陣吹いた。気がした。




