《第746話》『一つの命・百の命』
「ど、どうして――?」
樹那佐 夜貴の戸惑うような声。それを背中で聞きながら、刺さった「ダイヤ」を抜く。
「勘違いするなよ“人間”」
「え――?」
「貴様に死なれると、色々困った事態となるから、庇っただけにすぎん。いわば、これはこの身で妾は同胞たる妖怪達を守っていることと同義だ」
引き抜いた「ダイヤ」を握り――に・ぎ・り、潰して。妾はそいつの疑問へと答えてやる。
「妙なところでもし貴様が死のうものなら、妾ら妖怪が組織所属の人間を殺したと因縁をつけられかねん。そしてうちに所属する者共も、それ程温和ではない。売り言葉に買い言葉、いや、それ以上に事態が大きくなりかねん」
それにそのもの関して、思うことも無くはない。それは生贄。かつての妾と同じく、下らん思惑のための犠牲。
しかし、今言った通りの事態を防ぐ意味があるのもまた事実である。
「一体、どういう――?」
「おい貴様。ペスタ・エプティ。貴様の依頼主は、この男が所属する組織なのだろう?」
「!?」
「言えませんね、秘密なので。お仕事なのですから、こちらも」
ペスタの姿が掻き消え、一瞬のうちに樹那佐 夜貴の背後より、剣が振り下ろされる。
瞬間的な移動。予備動作の無い、文字通り一瞬で居場所を入れ替えたかのようなその動き。
いちいち後手になるのが気にくわないが、妾は空間転移で拳だけを穴にくぐらせる。剣を、真横から殴りつけ、軌道を変えるのだ。
「妾の言葉が信じられなくともよい。ただ、貴様は今命を落としかねない状況に居る。この事実だけは、今の状況の通りだ!」
空間の穴をそのまま潜り抜け、殺し屋の前に。樹那佐 夜貴との間に割って入るように立つ。
対するペスタは、片手を剣から離すと、そのドレスの袖よりチェーンを投げ放ってきた。
その先端は楔のようになっており、妾の横をすり抜けようとする。
「だから逃がしてやる! 貴様も、全力でこの場から逃げおおせろ!」
チェーンを握り、ペスタを睨み付けながら、樹那佐 夜貴へと発破をかける。
まったく、我ながら本当に面倒な状況に巻き込まれたモノだ。




