《第740話》『裏に蠢く策謀の一手』
「この馬鹿零坐! アホ零坐!」
「怒られている意味がまるでわかりません!」
「だから貴様はアホなのだァ!」
折角、やられたフリをして事態が動くのを待っていたというのに! それをこいつは邪魔しおって、給料梅干しするぞアホタレ!
――というか、ええい! もうこうなったら、こんなまだるっこしいことやっていられるか!
「どうせ見ているのだろう! いつまでも隠れておらず、そろそろ姿を現したらどうだ!」
「…………」
「お前じゃない! 一時優位に立ったからと調子こきおってからに! ただ何らかの策に踊らされている、ということくらい察さぬか!」
気配は感じない。しかし、確実にどこかで見てはいるのだろう。
妾は、じっと待ち続ける。――しかし、応える者はいない。どうやら向こうも、相当往生際が悪いようだ。
侵入者は、他にはいない。となれば、やらかしているのはヤツ以外に考えられないというのに。
「む――?」
そうして、一言もしゃべらずに待っていたためだろうか。ここで、初めて外の音が耳に入ってくる。
それは、一言で表すならば混乱の声だった。驚き戸惑い、助けを求めるような声。それが、この部屋の外から――いや、屋敷中で上がっている。
「おい、零坐――この騒ぎは……」
「な、何でございましょうな――?」
耳を、さらに澄ませてみる。一つ一つ音を拾い、詳細に、その内容を探る。
そうして、どこからともなく聞こえた言葉。それは――、
「狂鬼姫様! どうか、お静まりくださいッ!!」
その声は、乱心した覚えもないのに落ち着きを促す、懇願の声だった。




