《第736話》『「ア・レ」』
妾の前で、静菱はわけのわからないことをのたまい続ける。いつもワケが分からんことばかり言っている奴だったが、今日はその中でも一番飛び抜けている。
だいたい、いつも自宅に引きこもっているのに、どうして今日は妾の屋敷にいるのだ! 根暗女め、いつも通りパソコンとにらめっこしていればいいものを!
それはそれとして、今の静菱は興奮状態にあるのが明白だった。吹いても吹き飛ぶどころか粘り強く居座り続け、ぢくぢくと恨み辛みを延々聞かせてくる悪霊のような妖怪であるこいつは、それはもう強い。というか面倒くさい。
「静菱、ひとまず落ち着いてそいつを離そう。な?」
「…………」
「な、何を言っとるのだ貴様は!?」
「え、何? 何を言ったの!?」
「あー、それは、だな――」
一拍の間の、思案。
「精神衛生上聞かん方がいい」
「それもそれで精神衛生上よろしくないんですけど!?」
樹那佐 夜貴が青ざめだすが、言ってしまえばもっとひどくなるに違いない。故に、ここは黙っておく。ああ、黙っておくとも。
「――おとなしくそのまま離してやる、と言えば痛い目に合わずに済むぞ?」
「…………?」
「そいつは確かに人間だが、同時にお客でもあるのだ。だから、傷つけるわけにはいかん」
「お客――」
「…………」
「わかったら、さっさとそいつを――……ッ!?」
静菱は壁を破って、妾を囲むように押し寄せてくる。
「ええい、何をしている!」
妾は鬼火を周囲に拡散させて髪を焼く。しかし、手を抜きすぎた故か、次から次へと新しい毛先が迫ってくる。
「貴様ァ! そんなにそいつで――あー、その、アレをしたいのか!?」
「だからアレって!?」
「…………」
引く気は一切ない静菱。仕方がない、少し痛い目に合ってもらおう。




