《第730話》『誰かが息をひそめる暗闇』
「さて、おかげで料理がめちゃめちゃだ。後片付けはしておくから、隣の部屋ででも待っててくれ」
「う、うん――」
妾は樹那佐 夜貴を別室に移動させ、惨状を眺める。落ちてきた天井の木片埃のせいで、食べられたものじゃなくなっている。もったいない。
――しかし、その程度なら頭を抱えるだけで済む。
「――どうやら、最近の札と言うモノも、少しは効果があるらしい」
本当に顔を引きつらざるを得ないのは、腹の様子。服をめくると、その個所が少し赤く腫れている。これは、退魔札の力による傷だ。
樹那佐 夜貴に覆いかぶさった際、いつの間にかそこにあった退魔用の札にガッツリ触れてしまったのだ。それはもう、腹に焼き印されたのかと思うほど痛かった。
勿論、妾にとってはちょっと痛い程度で、滅される程ではない。しかし、力の弱い妖怪なら一発で消し飛んでしまうほど、効果が強い。
だが、あの少年がそれを即座に取り出した様子はなかった。
――と言うか、仮にも妖怪が突撃してきたのだから、むしろ即座に構えるべきだろとか思ったが、それは、今はいい。
問題は、まるで「仕掛けられたかのようにその場に配置されていた」ことであり、「起き上がるころにはどこかへ行っていたこと」だ。
勿論、少年が先ほど誤認した通りの戦力で、そして何らかの能力でしゅぴっ! しゅぱっ! と、札を移動させたのならば話は別だが。しかし、その低確率な可能性から見ても、今までの行動から一貫性のないそれは、少しどころではなく違和感だ。
つまり、何者かが今の事態を引き起こした疑いがある、と言う事だ。天井を、岩を叩きこんで壊したことも含めて。
――しかし、この程度で妾が退治されることなどありえない。
妾を倒すつもりなのか。それとも、別の意味があるのか――どうにも、未だに油断ならない状況らしい。




