《第728話》『現実の出来事』
「僕は――それははいなくなるべき、だと、思って……、」
妾は松坂牛ステーキにナイフを入れながら、まあ、そんなものだろうと、感想を抱く。
ためらいがちに述べたのは、やはりあのように言ったところで答えづらい内容であったためか。
――だが、続く言葉は少し。少しだけ、予想していたものとは違った。
「――たんだけ、ど」
「む?」
「ちょっと、分からなくなってきた。僕は、妖怪や野良の異能は危険だから、駆除か、拘束するべきだって、教えられてきたんだけど」
この手の組織における下っ端は、おおむね洗脳に近い教育を受けていることも多い。今、この少年が言ったことが、それに該当する。しかし、それをこの少年は――。
「さっき守られて――本当に、それが正しいかが、ちょっとわからなくなってきて、ね」
「お前にそう思わせるために、敢えて守ったのかもしれんぞ?」
「そう思ってたら、わざわざそうやって言わないでしょ」
「そのように読んだ上での発言かもしれん」
「そもそも、最初から守るメリット自体なさそうだし、ね」
メリットが無い、等とは正直言わない。実際、馬鹿馬鹿しい戦いを防ぐためには、死んでもらっては困るからだ。
けれども、そんなことのために一つの命を吹き消されるのも妙に腹立たしかったのも事実だ。――なぜなら、まだ人間だった時のことを思いだすからだ。
「それで、どうする? わざわざもう一度確認してみるが、やはり我々を討ち倒しに来たのだろう?」
「……一応、『狂鬼姫』を、としか言われてないよ、僕は」
「ハハッ、狂鬼姫を突如として失えば、多くの妖怪や異能持ちが野に放たれることになるぞ?」
「――うん、そうだろうね」
妾は飽くまで。飽くまで、ゆったりとその答えを待つ。
妖怪を悪とする教育を受けながらも、盲目的にならず理性的にモノを考える少年。妾は、ゆっくりとその言葉を待つ。
ゆっくりと――……、
突然、天井が崩れ込んで来た。




