《第726話》『零坐の用意していた暗殺者』
「な、何ィ! 来れないですとォ!?」
わたくし零坐。突然のドタキャンで思わず叫ぶ。街のど真ん中で、思いっきり。
『ちょぉーっと今、ハワイ旅行中なんだわ』
「日時はあらかじめ伝えておいたでしょォがァ! あんた阿呆すぎやしないですかァ!」
『いやァ、ちょっと行きたくなってな』
わたくしは、底から。こころの底から、重たい重たぁ~い溜息をついた。
送り込まれた敵を殺すのに、わたくしは狂鬼姫四天王(相変わらず妙な名前だ)の中で最も戦闘能力の高い剣奉殿にお願いをした。あの、アロハシャツのジジイだ。
『なんだ、いかんのかよ?』
「むしろなぜよいと思ったッ!? 下手に出ていればいい気になりおって! 狂鬼姫様の安全が! 威厳が!」
『んな大袈裟な』
暗殺者が来ているというのに、何をのんきに言っているんだこのアロハジジィ! 大袈裟も何も、それ以上によろしくないことがあるわけがない。
『お前は心配しすぎなんだよ』
「貴様はのんき過ぎだッ!」
『いや、考えてもみろ。あの狂鬼姫だぞ?』
剣奉は、今まさにくつろいでいる、と言った様子の声が電話の向こうから聞こえてくる。
『殺しても死なんし、威厳だとかなんだとか、そう言うツマランものを越えた何かの上に、ヤツは立っている女だぜ?』
「は、はぁ――?」
『ヤツが、自分で考えがあってやっているのだろう? なら大丈夫だと思うが』
「だ、だが――」
一族代々、生まれてからずっと仕えてきた身として。お前に何が分かる。そんな気持ちが、わたくしの中で渦を巻く。
『儂は割とこの集まりに入って日が浅い身だが、それ以前に昔からヤツとは喧嘩する仲だったからな。それなりにわかる』
「…………」
『わざわざこんなモン、心配する程の事でもねぇ、と。アホやりつつも、どういうわけかひとりでに丸く収まりだす、ってな』
その喧嘩する仲、と言うのは、わたくしが生まれる前から始まっていると聞く。――何気に、わたくしより付き合いが長いというのは、少し嫉妬を覚えなくもない。
「――あなた、なぜ狂鬼姫様の下に?」
『下についたつもりはない。が、ヤツの力のおかげで、いらん喧嘩は吹っかけられずに済む』
儂は儂のやりたい喧嘩がしたい。だから、アイツの集まりの中にいる。
わたくしは、そう言われて電話を切られた。




