《第722話》『いけないこと』
妾の全身を、針で刺すほどの殺気が迸る。それを発しているのは目の前の、不思議の国からでも来たのかと言う出で立ちの女、ペスタで、しかし妙な微笑みを顔に湛えている。
――それにしても、と思う。あの使者、割となされるがまま過ぎではないか、と。
己が狙われているというのに、一切合切対応しない――と言うか、出来ていない様子があり、そしてそれは今現在も変わらない。
ぶっちゃけ、対応が遅れていたら妾でも守り切れていたかどうか怪しい。使者にとって、敵である妾が守ろうとするか自体、本来なら思いがけぬ事態であろう。
と、言うことは、である。
――アレ? ひょっとしてこの使者君、気配通り強くない……?
対応しなければどうにもならない状況で力を発揮しない、と言うのは明らかにおかしい。それこそ、本当に対応できる力がない、とでも言わないと、この貧弱さは説明がつかない。
「アレ――? 駄目だと言われていた対象がいたような。殺したら」
「今更そんなことを言うのだな」
「いけないことじゃないですか? 人殺し」
「殺し屋名乗る奴が言うセリフか」
ならば今うつぶせっているこの使者、本当に妾を害しに来たというのだろうか? もしそうだとしたら、仮にも鬼神と呼ばれた妾だ、相当な力をつけねば渡り合えぬことくらい、分かっているハズだ。
にもかかわらず、恐れずに向かってきたと? 何がこやつをそこまでさせる?
「そこのあなた、分かりますか? 私が誰を殺してはいけないか。うーん、うーん」
「妾に聞くな」
「――いいです、まあ」
ペスタは、留め金から先の刃が自身の身長と同じ長さの羅紗切鋏を、両手で開く。
「ごめんなさいすればいいんです。間違えたら」
「謝って済むなら、医者も警察もいらんぞ」




