《第720話》『羅紗切狭』
鋏女がブレるように消えた。妾は使者を抱えたまま真後ろに飛ぶ。
――そのまさに直後、妾の立っていた畳が抉られていた。女が右手で振り回し、叩きつけられた鋏によって。
「鋏を剣のように振り回す――幼稚園児か貴様は」
「罵倒されているのが分かります。通ったことはないのですが、幼稚園と言うモノには」
妾は左手で使者を後方へ投げる。すると、それに合わせたように女の姿がブレた。
――妾は自らの右隣りへと裏拳を打ち込んだ。
片手を添えられた鋏の側面が、奴の脇腹へと向かっていた妾の手の甲を受け止めていた。
「やたら早いな。このスピード、駄狐を思い出す。誰だ貴様は?」
「言ったではないですか。殺し屋である、と」
「名を名乗れ、と言っている――!」
拳をかち合わせたまま、左手から鬼火玉を複数形成。そのまま女へと投げつける。
しかし女はこちらへ向き直り、拳とかち合っている部分を軸にするようにして羅紗切狭を回転させて、鬼火玉を弾いてしまう。
――そのせいで、畳がまたズタズタになった。この鋏、無駄にデカすぎだろ。
「どうして名乗らなければならないのですか? 殺し屋ですよ、私?」
「賠償――」
「え――?」
「あのパソコンとゲームと部屋の損害賠償で名指しするために決まっているだろうがァッ!」
「えぇ――……?」
裏拳のまま鋏を押す。あちらの腕力は大したことない。そのまま左足を踏みこみ、女の顔面目掛けて殴りかかる。
――案の定、拳は空を切る。剣なのか鋏なのか分からないモノを一瞬のうちに左手に持ち替え、いつの間にやら懐に潜り込もうとしている。
駄狐とやり慣れている妾でなければ反応できなかった。
「ふ――っ!」
「――!」
妾は右手から、奴の頭上へと降り注がせるように拳大の鬼火玉を降らせた。一度働いた慣性を殺すのは流石に骨だろう。至近距離で、ヤツは鬼火玉の雨に降られる――ハズだった。
「っ、」
またもや姿がブレたかと思えば、なんとターンして使者の方へ向かうではないか!
「させるか馬鹿!」
空間転移。降り注がせていた鬼火玉の先に、穴を作る。その穴の抜けた先は、女の真正面。
女は突然出現した鬼火玉に二の足を踏む。その背中に妾は追いすがり、拳を――、
気がつけば、羅紗切狭がその大顎を開けて妾を待ち構えていた。
「ちィッ!」
畳みを抉りつつ後退すると、鋏がバツンと空を切る。
「私の名前は、ペスタ・エプティ。ごめんなさい、器物損壊の件は」




