《第712話》『アーモンド』
一先ず、この使者を如何にして消すか。
どうしてか、今は仕掛けてこない。余裕でもこいているのか――? しかし、そうするとやはりとんでもない実力を隠し持っているという可能性が高まる。まるで、いつでもやれる、とでも言われているかのようだ。
しかし、その油断が命取りよ。どこぞの戦闘民族のように、妾は油断するつもりはない。
その自信たっぷりな力に興味があるのは事実だが、部下をたくさん抱えている身として、時にはプライドを捨てることも必要になってくる。
――と言うわけで、近くにあったうな重にこっそり毒を盛る。許せ、うなぎ。
「おほほ、次はこちらをお召し上がりクダサイ」
そして妾はさりげなく。さりげなぁく、それを差し出す。
今こっそり振りかけたのは青酸カリ。0.3gもあれば、普通の人間ならば容易く命を落とす猛毒である。当然、ぺろっとしたらそれだけで人生オシャカのヤバいヤツだ。
さあ食え、食べてしまえ! 据え膳食わぬは男の恥だろ! 一気にいって、逝ってしまうが――、
「ごめん、僕うなぎは苦手で――」
「は――?」
想定外の言葉に、妾は固まった。
「い、いや、いえいえいえ、す、好き嫌いはよくありませんヨ!」
「そ、そうは言われても――あ、何だったら、君が食べてもいいよ」
「えっ、ちょっと、待――、」
「折角用意してもらったのに、食べないのも申し訳ないし――だったら、ね?」
そして、このリターン・ザ・ポイズンである。ちょっと待て。
「…………」
「…………」
またもや、目と目が合う。やめろ。なんだこのプレッシャー。食べろと。食べろと申すかこれも!
別に青酸カリ程度で妾は死んだりはしない。しない筈だ、が! 自ら盛った毒を自分でいただくとか、ギャグにもならんではないか!?
しかしここで食べて見せなければ、毒殺しようとしたことがバレてしまい兼ねない。となれば、妾のやることは決まっている。
「ん、んぐっ、んぐっ、んぐっ、」
「おいしい――?」
「え、ええ、お、おいしゅうゴザイマス――」
うな重は、少しだけアーモンドの風味が、した。




