《第709話》『猫被り』
「ご、ごめんね、その――え、っと、」
先ほどまでの騒ぎが、まるで嘘のようなお通夜ムード。騒いでいた女のヒトたちが、皆青ざめた様子で回りを取り囲む中、僕は元の席に着いていた。――と言うよりは、戻らざるを得なかった。
「お、おほほ、お、気になさらずともよろしいデスワ」
そして、僕の隣には小柄で真っ白な女の子が、シャワー上がりのためか頭にタオルを巻き、ひきつった笑みを浮かべている。
それも当たり前だろう。ふすまを開けて鉢合わせ、突然吐瀉物を正面からひっかけてしまったのだ。ビミョーな空気になるのも当然と言うものである。
――まあ、戻した僕は僕で、そのおかげか大分体調が戻ったのだけど。
「アクシデントのことなどお忘れになり、お楽しみに戻りなさるとよろしいデスワ!」
「そうは言うけど――」
悪いことをしてしまったという罪悪感は、妖怪相手でも関係なく感じるものらしい。今の僕はその気持ちで一杯で、出来れば償いをしてあげたいところである。
「そ、そうだ、君も一緒に食べたりしようよ!」
「は?」
自分でも、どうしてそんなことを口走ったのかははっきりと分からない。
多分、お詫びとして自分に用意された料理をこの娘にもあげようと思ったんだろうけど、それにしたって、他の方法もある筈だろうに。
きっと、酔いが残っていたとか、そう言うことで、まだ少し頭がぼーっとしているのだろう。
――それにしても狂鬼姫と呼ばれる鬼神。一向に姿を見せないな……。




