《第699話》『人は変わる。鬼も変わる』
「あの狂鬼姫が謝るとは信じられん――しかも余に……」
余は未だに目の前で起こっていたことを理解できずにいた。
あの傲慢で頑固で分からず屋でちっさくてそのくせ馬鹿力でやかましい。しかもセコイし姑息だし加えて馬鹿だし阿呆だしおまけにひたすら周囲に迷惑をかけそれをいつも気にしてこなかった、
あの狂鬼姫が、である。
まさか、余の目の前で。目の前で謝罪の言葉を口にし。
頭まで下げるとは――!?
「何だ狐、勝負はもういいのか?」
「いいも何も、あちらにやる気がないのに、どう続けろというんじゃ」
すぐ隣にいる幻影の狂鬼姫でなく、本物の方は、海で夜貴と遊んでいる。
「それに、あんなことをやりあう事態になった切っ掛けが、そもそもあやつの狼藉からじゃろうに。謝罪されてしまった今、それすらも無意味になってしまった」
「何だ、忘れていたわけではなかったのだな」
「貴様は貴様でハラ立つのう!?」
勝負を放り出されてしまってのに、消化不良になった気さえしなかった。それどころか、どうしてこんなことをしていたのかと言う気にさえ、なってしまった。
それくらい何が起こったのかわからなかった。そして、あやつにそうさせたのは、同等の力を持つ妖怪でも、退魔師でもない。
「ただの人間なんじゃものなぁ。なんじゃ、この脱力感」
そんな、どうしてそう言う関係が続くのかわからない程格差のある二人。しかし、今聞こえてくる声は、対等な者同士の楽し気な会話だ。
「呉葉、叱っておいてなんだけど、やっぱりちょっとうれしい気持ちもあるよ」
「? うれしい?」
「だって、僕の前でいいところを見せようとしてくれたんでしょ?」
「――結果として、カッコ悪いことになってしまったがな」
「でも、それは――なんて言うかな、僕個人のためにそう言うところを見せようとしてくれるって、なんだか、特別な気がして。そんな気持ちが、どうしようもなくうれしい」
「特別、か――あたりまえではないか。妾達は夫婦なのだ。番いなのだ」
「うん」
「この関係を、特別と言わずして、何と言うのだ」
「――おい、偽・狂鬼姫」
「偽言うな」
「すごくあいつらを爆破したい気持ちになったのじゃが」
「妙なところで気が合うな。妾もだ」




