《第六十九話》『存在の重さ』
「何をそう驚かれるのです? わたくしがあなたを殺そうということに、何か疑問が?」
「疑問がどうとかそういう次元の話じゃないよ!? もうどこから突っ込んでいいのかわからない一言をその言葉に込められた気がするよ!?」
というか、普通そう言うのって隠すものじゃないの!? いや、隠されてたら死んでたかもしれないけどさぁ!?
「き、貴様っ、妾の夫になんと言う事をしようとしている――!?」
「――恐れながら狂鬼姫様。この男は、あなた様には邪魔にしかならない存在なのです」
「なんだと――?」
「わたくしは当時の先祖、零貴より、狂鬼姫様のご使命を耳にしております。鬼神・狂鬼姫様は、世の平定のためにどっしりと構え、常に世界に睨みを利かせることがそれであると!」
「ふむ――」
「ですが、この男が来てからというもの、遊びに出掛け、外でむしろ自ら騒ぎを起こされてしまったりと、使命からはかけ離れた行動をするようになられてしまわれた! 挙句、我々とはまるで完全に縁を切るように出て行ってしまわれた! もとより、我らの考えなど到底及ぶ方であるとは思っておりませぬが、今の狂鬼姫様の行動は本当に読めませぬ!」
零坐さんは、必死な様子で呉葉に語りかける。その目には、忠誠と寂寞が膨大な量で入り混じった色をしている。
――僕は、それに少々申し訳ない気持ちだった。
当然、呉葉をここから連れ出したことに微塵の後悔もない。しかし、その他の、彼女に傅いていた人々の事まで見ていたかと思えば、それは無かったと言いきれる。
そもそも、呉葉がどれだけ大きな存在であるかをあのころは理解していなかったし、今もはっきりと理解できていない。それだけ彼女は、僕とは異なるヒトだったし、根本的なその部分では変わらない。
「はぁ――貴様がここへ来たいと言ったのだ、貴様が何とかしろ」
「だが、この原因を作ったのは今の道を選んだ貴様自身だろう? 妾は、こやつらの主であった時代の『狂鬼姫』だからな」
「むぅ――」
ひょっとすると、と思う。幻影の呉葉は、現在の呉葉を元の立ち位置に戻したくてここへ来たいと言ったのではないだろうか? 彼女の立場は『狂鬼姫』であり、己に課した使命をひたすらに守ろうとしていた時代の姿なのだ。
――でも、と思う。
やっぱり、それで自分を縛って他人を寄せ付けないというのは、悲しい。
だから、僕は呉葉へと援護射撃を行うべきだと思っ――
「あの――」
「あのっ――」
僕と零坐さんの声のタイミングが、被った。




