《第695話》『1セット』
見ろ! 見ろ見ろ見ろ! 見ろ! あの狂鬼姫共の悔しそうな顔を!
「お、おんのれ駄狐! 術か何かを使いおったな!?」
「貴様じゃないんじゃ、そんな卑怯な真似はせぬよ! ただ少し、技術で勝負しただけじゃ!」
「それとも、貴様のような脳筋には妖術のように見えたかのう! 紛らわしい真似をしてすまなかったな! わっはっはっはっは!」
「ぐぬ――現・妾、悔しいが、我々はもう一度戦術を練り直す必要があるよう、」
「やっかましいな! 妾はいつもヤツの策を、力で叩き潰してきた! 貴様も妾なら、わかっておるだろう!」
「だが、現実はこの通りではないか。常に同じやり方が通用するわけではない。それこそ分かっておろう?」
「うるさいと言っている――!」
現・狂鬼姫は、心配げな視線を送る夜貴をちらりと見やった。あちらは気がついていないようだが、余らにはそれが見えた。
「1セット目は取られてしまったが、2セット目、3セット目はこちらがいただかせてもらうぞ駄狐――」
「ふっふっふ、やれるものならやってみろ!」
「と言う言葉を送ってやるのじゃ!」
球の打ち始め権利が、あちらに移る。つまり、今度は先に全力で球を叩くことが出来るのだ。
とはいっても、今の余の力では、ただ打ち込んだだけでは見切られてしまうだろう。
だから、先ほど同様打ち方を工夫していくことにする。
時には強い回転を、時には回転を押さえ。風の流れを読み、利用し、翻弄する。
本来狐妖怪とは、単純な妖力の大きさではなく、その編み方で相手を手玉に取るモノ。力が大きければ良いのは事実だが、繊細な操作、そこから成る計略こそが、その本質なのだ。
それと同様の考えの元、この試合を進めていく。
かつて母も、その知略と巧みな妖術によって人間共の国を手玉に取ったという。調子が出てきた今、対等以上の勝負が可能だろう。
――そうやって、調子に乗っていたわけではない。もちろん、またうっかりやらかしたわけでもない。
しかしなぜか。次の一球から、地獄が始まった。




