《第686話》『尻尾万能すぎないか!?』
「位置について! よーい――……、」
どん。空砲の代わりに口で行う合図を聞き、妾は堤防から海へ向かって走る。
ルールとしては、この砂浜の中央から走りだし、海へ飛び込み目的の岩まで先に泳いだほうが勝ちというもの。少しだけ、砂の上での徒競走も含まれている。
流石と言うべきか、駄狐の方が、妾よりも走るのが早い。早速差が開いている。瞬発力もさることながら、そこは半分獣の妖怪だと賞賛すべきだろう。
だが、妾には勝算がある。
まず、着衣の差。妾はこの通り、泳ぐに適した「水着」だが、奴は普段の十二単(それでよく暑さを我慢できているものだ)の一番下に着る、いわゆる襦袢。(わからなければググるのだぞ!)
さらに、ヤツには九つもの太く長い尻尾がある。目の前でゆらゆらうっとおしいことこの上ないが、それらの要素は、全て奴を不利にする。
早い話、水の抵抗が半端ないのだ!
こちらよりもいち早く水に飛び込む駄狐。だが、所詮ヤツにできるのは犬かき程度よ! 不利な事にも気づかないドジの横を、妾自慢のバタフライであっという間に追い抜かして――!
追い抜かし、て――?
「そ、そんなのアリか!?」
海水に膝まで浸かる足。さてそろそろ泳ぎに入るか、と言ったところで駄狐を見ると、我が目を疑った。
九つの尻尾が、まるで全てがイルカのヒレであるかのごとく水を蹴っているではないか!?
故に、猛烈に早い。一体どういうからくりなのか、黄金の毛並みが一切水を吸うことなく、それこそ世界最速の魚、バショウカジキさえ軽々凌ぐ速度を見せている。
それを見た瞬間、「やばい、負ける」と思った。泳ぐ前からこんな気分にさせられるとは、まるで思っていなかった。
負けたくない。故に、妾は考える。水泳と言うルールに則り(多分破ったら反則負けになる)ながら、あの駄狐より先にゴールする方法を。
「――っ!」
そして、妾は思いついた。ルールを破ることなく、そしてあの駄狐より先に目的の岩場にたどり着く方法を。
だから妾は――、
砂浜を全力で蹴り、跳び込んだ。




