《第669話》『低気圧にご用心』
「というワケで、海にやってきたぞ!」
「うん、すごく雨降ってる!」
海水浴場まで来た僕ら(バスと電車を使った)。
けれども、目の前に広がる光景は、さんさんと輝く太陽とさざ波の涼やかな音ではなく。
空一面を覆う曇天と、しとしとどころではなくザバザバ降る雨音。
例え小雨を「雨が降っているとは言えない」と言い張るような大雑把な性格の人物でも、これは悪天候だと言い切ってしまうような、そんな天気。
それもその筈。台風が近づいているのだから。正直、風結構強い。
「なぜだァ! なぜこのタイミングで台風なんぞくるのだァ!」
「天気予報で来ていると言っていたにもかかわらず無理やり決行する君も大概だと思う!」
「案外、行けば晴れになってるかと思った!」
「と言うか道中も降ってたじゃん!」
「てるてる坊主つるしておいたから案外大丈夫だろうと思っていた!」
「そんなわけないでしょ!? 寒いッ! 雨痛いッ! 建物の中入りたいッ!」
「妾は泳ぐぞ! 例え荒れ狂う大波の中で――ぶわっはァッ!?」
呉葉の顔面を、新聞紙がばさりと覆う。なんてベタな。
「っ、おのれぇ、台風めぇ――!」
「今日は帰ろう!? 今日だけしかチャンスがないわけじゃないし!」
「折角の水着回を、むざむざ『また今度』にできるかァ!」
「何の話!?」
僕の問い掛けに応える事はせず、呉葉は頭上へと手をかざした。
「ええい消し飛べ台風ッ!!」
「ええッ!?」
呉葉の掌の先に生まれた、成人男性くらいなら軽く飲み込んでしまいそうな鬼火玉。
激しい雨も、特大火力の炎に当たっては蒸発。この季節でありながらも悪天候で寒くすらあった僕は、その熱のせいで一気に汗が噴き出してくる。
「おんどりゃァッ!!」
振りかぶって投げられたそれは、猛烈な速度と共に海の向こうへと消えていく。
その迫力は、僕の頭にレールキャノンと言う言葉を思い起こさせる。
圧倒的破壊力を持つであろうそれは、以前聞いた通りであれば、山のてっぺんを消し飛ばす威力があるはずだ。
――そして、
特に雨風が止むことはなく。しばらく経っても、別に何も起こらなかった。




