《第六十六話》『狂鬼姫に仕える一族の男』
わたくしの名前は、零坐と申します。種族は人間で、苗字はありません。なぜならば、あのお方に仕える者には、必要が無いからです。この名前も、いわば番号のようなモノ。由来も、わが父、九重までで一周し、零に戻って来たというだけにすぎません。
さて、「あのお方」。そのお方に我々の一族、そして同胞達は、世代を超えて仕えてきました。あの方にとって我々など路傍の石ころ、塵芥にも等しい存在であるとは思いますが、例えまともに存在を認知されず、いちいち見向きもされなかったとしても、この忠誠が揺らぐということは決してありません。
しかし数か月前。突然「お前たち」とは縁を切ると仰られ、「着いてくるなよ」とまで釘を刺されてしまいました。これまで一族がその身を全て捧げてきたその存在が、そのただの一瞬にして一蹴されたのです。
勿論、怨むはず等ございません。むしろどこか至らない点があったのかと探し、嘆き、むせび泣きすらしたものです。この年老いたジジイの身で、あれほどむせび泣くことなど、きっと滅多になかったでしょうが、とにかくあらゆる悲しみが好みを支配したほどです。
「嗚呼、狂鬼姫様――あなたは今いずこ……」
ついてくるなと仰られたということは、見守ることすら許されないということであり、それをしてしまえばきっと狂鬼姫様は大層機嫌を損ねることに変わりはありません。命は惜しくなどありませんが、いえ、むしろ殺してもらうことさえも我が喜びではありますが、きっと叱り飛ばされるに終始することになるでしょう。
いきなりそんなことになった理由にも、それなりに想像が付いています。そう、あの男です。あの軟弱な男が現れて、狂鬼姫様はそいつに興味を持ってしまわれたのです。名前なぞいちいち覚えているはずもございませんが、そのせいで狂鬼姫様は我々の手から離れて行ってしまわれたのです。
――とは言え、多少特殊な力を持っていても、狂鬼姫様にとってはただの人間の一人。きっと、そのうちに飽きて我々の元へ戻ってくるに違いありません。そう思い、こうしていつ戻られていてもいいよう、屋敷を掃除していた時、ついに、狂鬼姫様は戻ってこられました。
「――っ!? きょ、狂鬼姫様!? お待ち申しておりま、し、た……?」
どう言うことなのか、二人に増えて。




