《第666話》『統べる者の想い』
「部下、だと? 俺がいつてめぇの部下になったんだよ?」
「あのあたり一帯に住んでる妖怪およびその他は、一応妾の支配下にあったからな」
「隠居してんだろ鬼ババァ!」
配下どころか、以前は零坐さんをはじめとしたヒト達に、ついてくるなとまで言い放っていたような気がするのは気のせいではない。
けれども、未だに彼らは狂鬼姫の存在を必要としていた。色々理由はあるらしく(もちろん見ていて楽しい以外にも)、その全容は僕も知らないけれども、その気持ちを多少、今の呉葉は汲んでいるところがある。
「隠居したからとて、『ほいじゃばいばーい』とはいかぬものでな」
「それでも俺様は部下になったつもりはねぇ! いつぞやラ・ムーが攻め込んできた時の会合だって、とにもかくにもお前らが呼びつけやがったから来てやっただけだ!」
「そう言えば、あの時貴様は殴り――いや、蹴りかかってきていたな」
「それでもてめぇは、上から目線で、諭すように何のかんの言い続けやがったな! てめぇ何様だ、何のために、どうしてこんな――自分を犠牲にするようなマネまでして、アレコレしやがるんだ……ッ」
「語彙力は無いが、まあ、言いたいことは伝わるな」
呉葉は、考えるような素振りを一切見せない。きっとそれは、彼女の中で改めて迷うようなことではないからなのだろう。
「別に、ただ最終的なことを言えば、妾は大勢で楽しくやれればそれでいいと思っている。それだけだ」
「――何?」
「頂点に立つ者として、後に続く者達を導くことは当然。道を外れて迷って行ってしまいそうなら、声をかけてやって引き戻してやる」
「…………」
「それが、妾を頼ってきた出来損ない共に対して、妾がすべきことなのだ。自他ともに愉快に生きること。この世に折角生を受けたのだ。どうせなら、負の感情などとは可能な限り無縁でいたいだろう?」
自分本位であり、しかしその条件として、他者のことを視野に含めている。
だからこそ、ついてくる妖怪達も多く居たし、何より楽しそうなのだ。
「――もっとも、かく言う妾も、時々によって気分は変わるが」
「冷静に考えると、隠居って、それを捨てる事じゃないかな――」
「変なタイミングで話に混ざってこないでくれ! 全ての責任を放棄したと言ったわけではないぞ妾は! ただ、お前との時間をだな――」
「はいはい、分かってる。分かってますよっと」
少なくとも、それが呉葉の決めた己の有り方。時に、その事故の価値観の押し付けにも似たそれは、反抗を招くこともあるだろう。
それでも、呉葉は自分を曲げない。自分を慕って、ついてくる者達のために。




