《第665話》『及ばぬ領域』
「――おい、鬼ババァ」
「冀羅、無事だったか」
呉葉と壊れた車の近くで話していると、しかめっ面の車の化身が芝生の上を歩いてくる。
人の姿を取る今の彼は、さしたる外傷を受けているようには見えない。
「ウィンカーが割れたり、車体がへこんだりする程度で済んだぜ。そっちは――悲惨だな」
「あれだけ派手に空を舞えば、致し方なかろうな」
「車軸だけじゃなく、そのほかにも色々ダメージ行ってるだろ、コレ――」
「普通なら廃車レベルだが――なぁに、治って戻ってきてもらうさ。大事な車だからな」
「…………」
「…………」
「――なんでだよ?」
「あ? なんだ?」
「なんで、あんな行動に出たんだよ――!」
あんな行動、と言う程、呉葉の行動は思い切ったモノだったのだろう。
きっと、相も変わらず無茶苦茶をしたに違いない。こんな状態なのだから。
「あの走行ラインは、始めからこっちがコントロールを失う事を前提に考えていなければ有り得ねぇことだ。普通、あの内側との距離なら、もう少し早めに旋回を始めてるだろうからな」
「ふむ――」
「しかしもしこっちが普通に曲がれりゃ、ここまではならずとも、そっちは大幅な失速を余儀なくされる。あそこから抜き返すことは難しくとも、ノーチャンスじゃねぇ。と言うか、どこかしらで対抗する手段もあったはずなのに、それをしてねぇ! つまり、お前は半分勝負を投げだすようなことをしてるんだぜ!?」
「まあ、そうなるだろうな。結果はこの通りだがな」
「それについてもオカシイだろ――! だったらだったで、こんな有様になることは分かってたはずだ!」
「何が言いたい?」
「お前にメリットなんてこれっぽっちもねぇじゃねぇかッ!」
呉葉は、冀羅の混乱そのものの声を聞いて顎に手を当てた。しかし、その視線はまっすぐに困惑している相手へと向かっている。
「つまり、なんで助けたのか。そういうことを聞きたいのだな?」
呉葉は、妙なことを聞かれた、と言った様子で確認を取った。そして、次に――実に、彼女の立場と考え方を表した返答をした。
「お前は一応、妾の部下に当たるからな。当然だろう?」




