《第664話》『ドッグファイトの終わりに』
「呉葉ッ!」
降りしきる雨の中、芝生の上。右前方から潰れ、引っくり返った車に僕は駆け寄る。
すごい音が空に響いたすぐ後に来た連絡。それは、競争していた二台が事故を起こしたと言うモノだった。
何でも、カーブで曲がろうとしない黒い方を、その出口へ押し込むように呉葉がぶつけにかかったのだと言う。
黒い方はガードレールに側面をこすりつけながら止まったらしいが、呉葉自身は、曲がり切ることが出来ぬまま、ガードレールに突っ込んだよう。
スピードは300km/h弱は出ていたらしく、突っ込んだ後、斜めに一回転半し、今跡がついている通り芝生の上をしばらく滑ってから止まったのだと言う。
だから言わんこっちゃない、と言うほど止めはしなかった(あまりにもウキウキした顔をするものだから強く言えなかったともいう)が、それでも、気を付けなければこうなることくらい、本人も分かっていた筈だろうに。
酷い状態の車体。呉葉は果たして――、
ギギギ、バキッと。金属が軋む音がして、ゆっくり扉が開いた。
「やれやれ、ヘルメットが無ければ即死だったな」
「呉葉ッ!」
逆さを向いた車体から這い出してくる呉葉に、僕はほっとする。割れてしまったのか、ヘルメットは装着しておらず、ピンで髪を後ろに纏めた状態で、何の傷を負った様子もなくピンピンしている。
「まあ、妾はヘルメットなぞなくとも怪我せぬがな」
「じょ、冗談言ってる場合じゃないよっ! 心配したんだよ!?」
「うっ、それは――……すまん」
普通の人間だったら、死んでいてもおかしくない事故だ。人間よりはるかに頑丈だとは分かっていても、現場を見たらヒヤッとした程、惨状は酷い。
「妾も、こうなるつもりは無かったのだ。だがあやつ、コントロール不能に陥りおってな」
「イヴちゃんが、懸念してたけど――やっぱりこの雨のせい?」
「おそらくな。それはヤツも分かっていたことだろうに、無理をしおって。もっとも、それはお互いさまか――」
そう言ってから、呉葉はボロボロの車に向き直る。そしてしゃがみ込み、その車体を優しく撫でた。
「牙跳羅よ、お前にもすまなかったな。無理をさせた」




