《第662話》『旋回』
目の前に迫る、高速コーナー。有利な位置に潜り込み、そのまま前へと出る算段。
コーナーの終わりで前に出さえすれば、抜き返すチャンスは無いと言っていい。即ち、互いにとって最後のチャンス。
しくじるわけにはいかない。絶対なる勝者は、絶対に負けることは許されない。
そうでなければ、この世に生まれ落ちた意味がない。
勝者であり続ける事に、俺の存在意義がある。
この冀羅こそが、無敗の王者たる資格を持つのだ。
キツイ角度。前輪に荷重を移すために軽くブレーキを一度。
アクセルオフによるエンジンブレーキに加え、フットブレーキによる一瞬の制動で、前輪を路面に強く押しつける。
フットブレーキを離し、ステアリングを左に切り込む。
車体はそうすることで、クリッピングポイントを通り過ぎつつ旋回、その後のストレートを疾走する。
……――筈だった。
車の向きが、変わらない。
車を旋回させる行為と言うモノは、舵角が大きすぎても小さすぎても駄目なのだ。
タイヤのグリップを最大限に発揮できるスリップアングル、と言うモノが決まっている以上、さらに切り込んだとしても意味はない。
しかし、本能か。それとも執念か。これっぽっちも回り始めない車体にさらにハンドルを回す。
しかし、それでも無情に、足回りが言うことを聞かない。水分で路面から浮いたタイヤは、何のグリップも発揮しない。
芝生の奥のガードレールが、迫る。
ガツンッ、
車体の右側に衝撃が走った。
右側には――とっくに旋回を始めるポイントは過ぎていると言うのに、何故かそこにいるR35の白い車体が、いた。




