《第661話》『ハイスピードアプローチ』
ガルゲンコップフを抜け、ドッティンガー・フーエに入り込む。長大なストレートの開始地点。妾はコーナー出口でアクセルを底まで踏みつける。
R35のエンジン、VR38DETTがうなりを上げる。
空気を力づくで引き裂くような、パワフルな音。
文字通りロケットのような加速感が、全身にのしかかってくる。
そして――すぐ後方でも吼え叫ぶような音が鳴り響く。
スリップにつき、こちらの加速にも悠々とついてくる25年も前の車。
だがその威圧感と執念は、妾の背中を焦がすように迸っている。
このまま後ろにつき、ストレート後半で前に出るつもりなのだろう。誰が考えても分かるそんな単純な手。
アクセルを緩め、一時的に場所を譲ってもよかった。そうすれば、自分はスリップにつかれることはなく、逆にこちらがその恩恵を受けることが出来る。
しかし、このぶつかり合いにそれは無粋に思えた。
だから、アクセルを限界まで踏み込んだまま、ギアを5速から6速へと上げる。
こんなにも楽しいのだ。自らそれを捨てるような真似、したくはない。
上りの傾斜が少し強くなる。もう少しすれば、左コーナーがやってくる。
と、同時に、左側に冀羅が躍り出てくる。
コーナー入口で、自分が少し前に出ていることを前提としているのだろう。物理的に考えれば、間違いなくその通りになる。
アントニウスブーヘで、こちらよりも内側を回るライン取りだ。
だが、そのライン取りは進入角度の関係上、どうしても厳しい旋回にならざるを得ない。ドライ路面でも、アクセル全開時ならばその位置取りではギリギリか、あるいはコースアウトしかねない。
しかし、内側に相手がいるため、こちらも条件は似通ってくる。
妾は、限界ギリギリまで右側による。出口からのストレートで、再び抜き返せるよう最速のライン取りを取るためだ。
アプローチポイントは、あちらとおそらく同じになるだろう。先にあちらが内側を回り、こちらはクリッピングポイントを横から斬り落とすように旋回するはずだ。
――だが、妾はこの時。すさまじく嫌な予感が頭をよぎった。




