《第659話》『譲らない、譲れない』
ミニ・カルッセルの入り口に達したところで、鬼神の操るR35に完全に追いついた。先導されていることは気に食わないが、勝利のため、意地のため、これくらいはする。
短いストレートの直後に来るガルゲンコップフは、前半と後半で角度の違う右コーナー。焦って早くから加速すると、コースアウトの恐れがあるが、形状だけを見れば、追い抜きのポイントとして使えないこともないコーナーだ。
だが、この場でそれは得策ではない。何故なら、ここを抜ければとてつもなく長いストレートが続いているのだから。
ドッティンガー・フーエ。全長2kmにも及ぶ、長大なストレート。
単なるストレート、しかしそれで終わらないのがこの直線。他のコースでも滅多にお目にかかれない長さ故、スリップストリームの駆け引きが行われる地点である。
さらに今回は、それに終わらない。
ここを走り抜けた先に、超高速左コーナー、アントニウスブーヘが存在する。ドライな路面であれば、アクセル全開で抜けられるコーナーであるが、この半分濡れた路面なら話は別だ。
行った先の、チキンレースのようなブレーキング勝負、そこから先は、ほとんど抜き返すようなところもない。グリップが利くのかどうかも分からないその場所で、必要最低限の減速と荷重移動で旋回し、ゴールを目指すことになる。
俺はスリップにつく。しかし、ここでは抜かない。最後の最後で前に躍り出て、そのまま勝利をもぎ取る。
俺は、勝つ。この身に与えられた、使命の通り。




