《第658話》『雨天中の先行』
「先ほどのミスのせいか――? いや……、」
ジャンピングポイントでぬれた路面に足元をすくわれ、危うく砂に突っ込んでしまいかけたあたりから、どんどん奴の車が近づいてきている。
しかし、妾はそのミスを最小限に食い止めたつもりだ。したがって、現在進行形で差が詰まってきているのは、それだけが原因ではない。
腕の差――? それとも執念の差? 確かに、多少腕はあちらの方が勝っているとも思えるような点はあるし、途中から妙なプレッシャーが後方の車から迸っているような気配がある。
だが、気合だけで何事もどうにかなるわけではないのと同様に。ドラテクも一瞬で上がったりするものではないし、熱くなればむしろミスをする確率は上がる。
車を運転する、と言うことは本来かなり繊細なことなのだ。――となれば、
おそらく、奴はこっちの走ったラインを参考に走っている。んな馬鹿な。
前を行く妾は、どこで滑るか分からない。先ほど危うくコースアウトしかけたこともあり、いよいよ至る所で滑り始めた路面の上を、慎重に進まざるを得なくなった。
だがあちらは、前を行くこちらがその路面でどれだけ滑ったか、滑らなかったかを参考に走行できる。
こちらが控えめ気味であってもずるりと行きそうだった場所は侵入スピードや角度、速度を調整し。逆にもっと限界が高そうだと思った地点は、最速ラインを駆けることが出来る。
そうなれば、嫌でも追いつかれると言うモノだろう。
しかも問題なのは、それが分かっても現状こちらはどうしようもないと言う事。
緩やかなコーナーが連続するプランツガルテンを疾走。その最奥には、中速の右コーナーが待ち構えている。
ブレーキング。――ABSがタイヤのロックを防ぐが、その路面は水量で埃や油が浮き出ている。予定よりも制動距離が延び、危うくコースアウトしかけてしまう。
旋回。のろのろとしたスピードで右コーナーを曲がり、いつもよりも多めに減速をして次のシュバルベンシュバンツ、左コーナーにアプローチ。――ここはグリップが思っていたよりも利いていた。くそっ、
更に正面の、ミニ・カルッセル。かのカラツィオラ・カルッセル同様内側が舗装された左コーナー。ただし、低速ではなく中速。
――ここにたどり着くまでに。気がつけば、後ろに漆黒の車両が張り付いていた。
このままではマズイ。妾はここでようやくワイパーのスイッチに手を伸ばす。
雨になれば有利だと読んでいたが、それはとんだ見当違いだった。
のちのコース形状を考えると、このポジションはいっそ前を行くこちらが不利だ。




