《第657話》『火中の夢』
「ごほっ、ごほっ――くっそ、どうすりゃいいんだ……っ」
煙で前が見えず、視界はどんどん悪化していく。
熱で喉が焼けるように熱い。電動シャッターの操作盤を操作するが利かず、手で空けようとしても歪んでしまったのか、ビクともしない。
「な、に、やってるんですかぁ――っ! そっちは駄目です、ガレージの後ろの出口があるでしょう……っ」
「ンなことわかってんだ、よ――ッ」
全身に傷を負っているが、両者共に歩く程度のことはできる状態だった。そのまま車を回り込んでガレージ後方の扉から出れば外に出られるのだ。
「じゃあ、なんでシャッターを開けようとしているのですかぁ!?」
「決まってんだろ――ッ」
ちらりと、漆黒の車体に向けられた視線。それだけで、もう一方は彼が何を言いたいのかを察する。
「っ、君は馬鹿ですかぁ!? 死んだら元も子もないでしょぉ!?」
「うるせぇっ! 馬鹿って言う方が馬鹿だっ!」
この車は――特別にチューンしたGT-Rは、二人の夢の懸け橋だった。
全日本ツーリングカー選手権が開かれるのは、今年で最後になる。この車は、そのためだけに、改造した車なのだ。
自分達のチームを、自分たちの実力で立ち上げ、そして参戦する。例え思っても、普通はそうそう出来ることではないと自覚しているが故の意地。
勿論、改造費用も期間も一朝一夕とはいかない。もしここでこの車を失えば、参戦権は無くなったと言っても過言ではない。
だから、この車を置いて逃げるわけにはいかなかった。
失うことはすなわち、夢を捨てることに繋がるから。




