《第654話》『事故』
「っ、おい――ッ! おい、大丈夫か!?」
「う、ううん――? 朝、ですかぁ? 痛――ッ!?」
「血まみれで寝ぼけてる場合じゃねぇだろ!?」
炎に包まれるガレージ。赤々とした光が、漆黒の車体で反射される。
彼ら――黒永シューティングスターのレーサー男女両名は、今まさに。火災事故の真っ只中だった。
「何が、起こったんでしょう、かぁ――?」
「わからねぇ――給油ポンプが、突然……っ」
片田舎の工房、そのガレージの隅には、彼らの夢を運ぶレーシングカーへと燃料を補給するためのポンプがある。
電動式のそれで、レーサーの片割れはGT-Rへと補給を行おうとしていた。先に補充してから、トラックで今期最初のレースが開かれるサーキットへと運ぼうとしたのだ。
しかし、手を振れた途端、いきなり火の手が上がった。
オイルでそこら中汚れたガレージ内で、炎は瞬く間に広がった。
それだけでなく、気化して空気と混じったオイルに引火したせいで、爆発を起こした。その衝撃で、両者は全身にやけどを負い、飛び散った機材の破片で身体中を切ってしまったのである。
これは、過去の物語。誰にも名前の知られていない、何の成果を上げたこともない、とあるレーシングチームの短いストーリー。




