《第652話》『ハーフウェット』
冀羅め、焦ったか?
追い抜きに失敗し、引き下がるR32を横目で確認しつつ、次のコーナーを目指す。緩やかな右、左と来た後に、高速左のムットクルフェが姿を現す。
ブレーキングしつつ、ギアを6速から5速、4速へと落とす。
再び冀羅が、内側へと飛びこんできた。
「ええい、無駄なことを――!」
先ほど同様、向こうが前へ出る前にコーナー入口がやってくるので、接触を恐れずにステアリングを切ってやった。
すると、まるで進行方向に蓋をされたかのように冀羅は先に進めず、そして妾はコーナーに入り込むことに成功する。
レースならば進路妨害でペナルティが入ってしまうやもしれんが、これは一対一の果し合い。礼儀こそあれどルール無用。追い抜かれぬ方法がとれるなら、あらゆる手段に出よう。
――それにしても、無茶のある追い抜きを連続で行ってくるとは。やはり、降り始めたこの雨で相当焦っているのか。
妾も、正直雨は望ましくない。いかにトラクションの良い4WDであっても、ドライな路面と同じ通りに行くわけがない。
それに、降り始めと言うのも厄介なモノで、路面全てが同じではないのと同じくして、風向きや木々、路面の向きなどの環境変化で、濡れ具合に差異が生まれる。
もしこれが、始めからざばざば降っていて、全てのアスファルトがずぶ濡れならそこまでビクつかなくともよい。
しかし、あるところではあまり湿らず、あるところではしっかり濡れている、となると、早い話が何の前触れも無しにグリップ低下に見舞われる。どっちつかずが、一番危険なのである。
――もっとも、タイヤの関係上それが一番怖いのは向こうだろうがな。
だからこそ、性急な攻めを繰り返している。妾がブロックできている通り、前に出さえすれば、この狭いコースで抜きにかかれるような地点は限られている。
いわば、進行ペースそのモノを支配できる、と言っても過言ではないだろう。それを奪いたいがために、奴は必至に仕掛けてきているのだ。
――だが、焦りは失敗を生む。序盤に妾が、やらかしたように。




