《第651話》『焦り』
車体に感じる、つつかれるような感触。それは全身に及び、そしてその数を増してゆく。
雨――空から降る水滴が、路面を濡らし始めたのだ。
早々に決着をつけ、コースを走り切る必要が出てきた。ちんたらしてはいられない。目の前のブルジョワを追い越して、早くゴールしなければ。
本来、4WDと言うのは、後輪駆動のFR、MR、前輪駆動のFFのような2WDに比べ、悪路に強い。
一つのエンジンから伝道する力を二つのタイヤで使って路面を蹴るよりも、四つのタイヤでそれを行ったほうが、滑りにくくなる。力を分散させると言うことは、それだけエンジンの使える総合パワーを増せると言う事である。
それは俺自身――R32 GT-Rでも変わらない。不要な時はFRに、必要な時は4WDとなるため、仮にタイヤが滑り始めればすぐに四駆のパワー配分になるのだ。
だが、例え4WDでも、どうにもならないときはある。「滑りにくくなる」のであって、「滑らなくなる」ワケではない。
そして、今俺が装着しているレーシングタイヤ――こいつは背水用の溝が無いため、雨との相性は壊滅的に悪い。
その上水で温度が冷えれば、熱で溶かして地面に吸着する仕組みも成り立たなくなる。
まだ降り始めなら、タイヤも生きている。だから――何としても、この間に決着を付けなければならない。
ベルクヴェルクを抜けた先の、アクセル全開区間。緩やかな右を旋回した後は、ケッセルヒェンと呼ばれる、死亡事故のあったこともある左高速コーナーが来る。
コース幅をいっぱいに使ったコーナリングならば、と言ったところだが、それだけに、一台隣に並ぶだけである程度の減速を余儀なくされるのだ。
スリップについていたため、速度はこちらが上回っている。鼻先スレスレに相手のテールが迫ったところで、右端に寄りはじめた鬼ババァの左側へと躍り出る。
ケッセルヒェンにアプローチする前に半身出ていれば、前後が逆転する。後は、ひたすら前を走りさえし続ければ――、
――だが、俺の仕掛けは失敗した。車体半分前へ出るどころか、相手の車体半分までしかノーズをねじ込めなかった。
R35のフロントに阻まれ、前へ出られない。俺はこの場での追い抜きを諦めざるを得なかった。




