《第650話》『天の異変』
「嫌な感じだな――」
エクスミューレを越え、登りながら右へ旋回するコーナーへアプローチ。内側の縁石にフロントタイヤを乗り上げさせるように、コーナーの構造を最大限に利用して曲がり切る。
バックミラーをちらりと見ると、冀羅も同じようにクリアしてくる。
漆黒の車は、抜かれてからギラギラとプレッシャーを放ってきている。それは、いつ仕掛けてきてもおかしくないと言うほど。
しかし、そんな殺気を漲らせ刃を構えているような状況でありながら、以前として後方に収まっている。通過するラインは全く同じ。抜きにかかろうとする様子は全くない。
はっきり言って、ストレスだった。いつでも対応する気概でいると言うのに一向に来ないと言うのは、もどかしい以外の何モノでもない。
ヤツの性格を考えれば「何もない」などありえるはずがないのに――。
左高速コーナーをアクセルベタ踏みのまま攻略し、次の左中速コーナー、ベルグヴェルクが見えてくる。
手前が緩く、奥できつくなるコーナーで、その次がアクセル全開区域なので、本来ならば大外からフックをかけるようにして攻略していきたい。が、後ろの動向を考えると、レコードラインの通りに行くのは危険だ。
妾は本来より手前で減速し、左へと緩やかに切り込んでゆく。
少しコーナリングスピードは犠牲になるが安易に内側に飛びこませないようにするためだ。
右フロント・リアが縁石を通り過ぎる振動を感じつつ、コーナーをクリア。アクセル全開で脱出する。
一つの可能性として、冀羅はこの高速区間からの追い抜きを考えているのかもしれない。スリップについて速度を稼げば、安全なパッシングが可能だろう。
しかし、妾もある程度それは読んでいる。故に、易々とそれを許すつもりは無い。
――と。どのように来てもブロックできるよう構えていたその時だった。フロントガラスの右上に、何かがぽつんと当たった。
「水滴――雨か……っ!」




