《第649話》『狙う視線』
序盤に見られた、調子に乗ってあぐらをかくような走りとはかけ離れた鋭い走りを、目の前を行く白がしている。
高速コーナーのメッツゲスフェルトを抜け、中速のカレンハルト。スローインファーストアウトで抜けつつ、アクセル全開でその先の緩やかな左を行く。
すぐ後に来るシケインの出来損ないを一瞬のアクセルオフで抜けた後は、少々長めの右の中速コーナーにさしかかる。
目の前の、四つの眼球のような赤いランプの点灯に遅れ、こちらも一瞬ブレーキ。フロントに少々荷重を移した後は、半開にした加速で潜り抜ける。
その後の短いストレートの後に、さらに中速の右が来る。目の前の白はブレーキランプを点灯させた後にテールスライドをかまし、そこを抜けていく。
間髪入れずに、低速左ヘアピンのヴェーアザイフェンが来るので、そのためのこのアプローチなのだろう。考えることは同じ。俺もドリフトも交えて速度を落としながら、右に旋回。
さらに続けて、目の前の鬼神が現在行っている通り、振り返して慣性ドリフト。グリップしたフロントが、今まで右へと向かっていた後方の荷重を、左へ一気に反転させる。
――さて、どこで抜き返してやるかな。そのすぐ後の中速右コーナーを抜けながら、思考を巡らせる。
一見、コースレコードを意識した走りだが、タイヤが行う微妙なアスファルト上の通過の仕方で、こちらに常に意識していることが分かる。
はっきり言って、隙が無い。単純にコーナーでインを突く、程度のことでは、あの大柄なテールでブロックされてしまう事だろう。
コース上に描かれた観光者たちが良く行うラクガキを踏みつけ、その先のエクスミューレを見据える。ここも、仕掛けようと思えば仕掛けられるだろう。
見た目は単純な左中速コーナーだが、意外と傾斜がきつい。操作をミスれば、一気に失速してしまうだろう。
それだけに、仕掛けに失敗すれば大きなリスクが伴う。何のリスクも伴わずに追いかけっこを制することが出来ると思うほど甘く見てはいないが、今敢えて巨大な危険に挑戦する必要は、まだない。
一番安全に仕掛けていけるのは、アクセル全開で行ける区間。リスクが少なく、そしてスリップにつけば速度も稼げる。
そして、その区間は間もなくやってくる。そこでブチ抜き、後にしばらく続く中速区間で、何としてもケリをつける。
込められた願いの通り。俺は、敗北などしない。しないのだ。




