《第六十四話》『でぇと』
「――で、だ。バスに乗ったぞ。初めて!」
「ええい、はしゃぐな! 恥ずかしい――」
ワケのわからないうちにデートになり、幻影の呉葉はまずはバスに乗りたいといってパパッと乗り込んでしまった。
――全く同じ姿で真っ白な女の子二人が乗りこんできたためか、周囲からの視線をすごく感じる。うう……、
「ふむふむ、己以外の意志で床が動くというのは、何とも不思議な気分――おお! 景色が流れてゆくぞ!」
「だから、はしゃぐな言うとろうに! 田舎者どころか、時代遅れ丸出しではないか!」
「実際その通りなのだから、いっそ開き直ってやった!」
「同行している妾が恥ずかしいのだ! 少しおとなしくして居ろォ!」
――まあ、そう言う呉葉も、僕と一緒に人間社会へときた時は、今の幻影の呉葉みたいに目をとても輝かせていたんだけど、ね。いやぁ、懐かしいな。あの時の記憶がよみがえってくるみたいだよ。
「――しかし、図らずもデートになってしまったな、夜貴」
「うん。――この間は、車が壊れちゃってそれどころじゃなかったからね」
「全く、今思いだしてもあの時のにゃんこは可愛かったな!」
「いや、呉葉としてはそれでいいの――?」
思い返せば、猫以外に何も乗っていなかったあの車は、考えれば考える程不気味なのではなかろうか? 動物に運転できるはずもなく、しかし勝手にどこへやら――ううむ、謎が謎を呼ぶ。
「――あ、そうだ。ねぇ、呉葉……幻影の方の呉葉」
「なんだ?」
「バスに乗って、どこへ行くつもりなの?」
すると、彼女は何故そんなことを聞くんだという表情で僕を見返してきた。――不覚にも、その表情が可愛いと思ってしまったが、そうしたら本物の方の呉葉に足を蹴られた。
「特に決めてなどいないが?」
「バスに乗った意味は!?」
――特になかったようである。思えば、人間社会は初めてだろうから仕方なかったのかもしれない。




