《第648話》『市販車両と競技車両』
「まず、両者のスペックを比較してみよう。白い鬼神サマの車は、600馬力でトルクは最大66.5kgfmを絞り出す。車体重量は1720kgとスポーツカーとしては重めだが、その重量とウィングから得られる空力、52:48の前後重量バランスに加え、大きめのタイヤサイズから抜群の安定力を発揮しつつも、スムーズな回転性を実現。ブレーキは――」
「待って待って!? 妙に詳しくない!?」
「少し調べただけだよボクは」
「と言うか、何言ってるかまるで意味が分かんないって!」
「むぅ――まあ要するに、パワフルで、図体の割によくブレーキが利いて曲がりやすい、挙動の細部まで計算しつくされた車両、と言う事さ」
ざっくばらんに、仕方ないなとでもいうようにイヴちゃんは纏めてくれた。それでもなお、それがどれだけすごいことなのかはっきりわからないのだが。
「対して、あの冀羅――もとい黒い車は……そうだね、改造車両故に正確なスペックは知る由もないが。同じレースに出ていた車両が550馬力で……まあ、軽量化が施されていることもあって500kg弱鬼神サマの車より軽い、こちらもよく曲がりよく走りよく制動する車なのだろう。タイヤも完全なレース仕様のようだしね」
「そのタイヤ、溝がなかったけど――あれで本当に走れるの……?」
「路面に接する面積が多いほうが、効果を発揮できるものだよ、タイヤと言うモノは。鬼神サマの車のタイヤ含め、一般道を走る車のタイヤについている溝は、雨が降った際の水の逃げ道だ。タイヤと路面の間に水分が入ってしまえば、タイヤは力を発揮できなくなるからね」
なんだか、講義を聞いているような気分になってきた。なんと言うか、物理? のお勉強でもしているみたいだ。
「ちなみに、グリップさせる方法もさらに一つ異なる。タイヤそのものを熱で溶かして、粘着力で路面の上を走っているようなものなのさ。何から何まで、ごく普通の車のタイヤとは異なるのだよ」
「――ある意味ファンタジーだよ」
「しかし、競技用車両だからこそ、一方で犠牲にしたモノがある」
「犠牲にした、モノ――?」
「例えば、コントロールの容易さだ」
ポケットから取り出したメモ張に、イヴちゃんは横線を引いた。端から端まで届く、大きさに対して眺めの線だ。
「これを、一般的な車両が許容できるドライバーの技量とする。例え拙い技術であっても、極端な言い方をすれば、車の方が補助してまともな走りに仕上げてしまう。しかし、そう言ったモノを盛り込むことで、どうしても速さには不要な部分が出てきてしまうものだ。そして、それは必ず枷となるのさ。あの白い方も、ど素人でも早く走れるようあの重量で安定させているが、軽くした方が運動性能は間違いなくよくなるだろう」
次に、それよりも半分――いや、三分の一以下程短い線をイヴちゃんは下に書き込んだ。
「そしてこれが、レーシングカーと言うものだよ。無駄がそぎ落とされ、洗練された速さをを見せる。だが、それを扱いきるには、熟練した技術と言うモノが、どうしても不可欠となってきてしまう」
「ええと、――要するに、使い手を選ぶ、と言う事だよ、ね……? そしてその扱いにくい車の性能を引き出すのがレーシングドライバー、ということ、なんでしょ?」
「全くその通りさ」
頷かれるが、僕には彼女が何を言いたいかが分からなかった。
すると、それを察したように、イヴちゃんは再び口を開く。
「では問おう。今あのレーシングカーを操っているのは誰だね? 何だね?」




