《第646話》『遠くより響くスキール音』
「うわわっ、タイヤの滑る音!?」
甲高く響く、「ギャァアアア」と言う音。日常であまり聞くことがないであろう、空気を斬り裂くような音に僕はビクリとする。
ここはスタート地点。二人が出発し、ぶっちゃけやることも何も無い僕らは、ピット内で適当にその辺に置いた椅子に座るなりなんなりして帰ってくるのを待っていた。
「事故って――るわけじゃなさそうだけ、ど……」
車のエンジン音(主に冀羅)が巻き起こる波紋のように広がる音を聞く限り、走り続けているのだろう。そこから察するに、まだ勝負は続いているようだが。
「あの鬼神サマは、夫に心配をかけていると言うのに、平気なのか?」
「イヴちゃん」
僕の隣で、腕を組み、足を交差させて椅子の背に体重を預けている女の子。――幼女とは思えない程、その様子は大仰めいている。
「その上、大勢かき集めておいて、結局大半が待たされている。コース上の様々な場所で見物しに行った者もいるようだが、この長いコースでは、ほとんどが放置時間だよ。色々手伝わされたにしては、理不尽ではないかね?」
「あはは、その通りだね」
「笑ってばかりと言うのも、いかがなものかとボクは思う。結局、あの鬼神サマがやりたい放題したかっただけではないか」
冷静めいたようでいて、どこか怒っているようでもある。それにしてもイヴちゃん、案外饒舌と言うか、何というか。
物静かな子だと思っていたけれど、実は結構お喋りなのかもしれない。
「それもその通りだけど、そのやりたい放題を皆楽しんでるからね」
「――ま、キミならそう言うだろうね。なんだかんだ、キミたちは夫婦だ。性格はまるで違うにもかかわらず妙に相性がいい」
「えっと――褒めてる?」
「少なくとも貶してはいないさ」
先ほど零坐さんとも話していたことだが、かつて鬼神と呼ばれていた呉葉は、今風の言葉で言えばスターでもあるのだ。
本人はそれを意識しているのかどうかは不明だけど――そう言うヒトだから、ついてくる者達もいる。
「ねぇ、イヴちゃんはどっちが勝つと思う?」
だから、僕は彼女のやることを楽しもうと。そう、思っている。




